「京阪600系電車 (2代)」の版間の差分

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車体は1650型を基本とした18m級の全金属製構体ながら、種車より流用する主要機器の都合上構体重量の抑制が求められたことから、構体内部の設計は全面的に見直され、更なる軽量化が推進された。すなわち構体にかかる荷重を外板部にも負担させる[[モノコック|準張殻構造]]をより深度化するとともに、綿密な強度計算に基いて不要な梁の省略が徹底して行われた。こうして電動車化後の1650型(630型)と比較して1tの軽量化を実現したが、この思い切った軽量設計は後年本系列の動向を大きく左右することとなった。
 
前述の通り、車体外観は概ね1650型のデザインを継承しているが、前面幕板部から屋根部にかけての曲面が2000系と同等の形状となり、若干角ばった印象を与えるものとなった。前照灯は白熱灯2灯式となり、前面中央上部に設置されたケースに収められた。前照灯ケース形状は[[小田急電鉄]]の通勤形電車のそれに酷似したものであり、本系列を特徴付ける部分の一つであった<ref>京阪においては他に[[京阪大津線|大津線]]向け[[京阪260電車|260型]]4次車以降において同様のデザインが用いられた。</ref>。標識灯は1650型と同様に取り付け式のものが左右幕板部に1灯ずつ設置された。その他、前面運転台側窓がHゴム固定支持となったほか、連結面形状は全車とも切妻形状とされた。
 
側面見付は、先頭車についてはd1D2・2D2・2D1(乗務員用扉:d、客用扉:D、各数値は側窓の枚数)の窓配置そのものに変化はないが、戸袋窓の省略ならびに内部設計変更に伴う[[ウィンドウ・シル/ヘッダー|ウィンドウシル]]の廃止といった改良が施されたことに加え、側窓寸法が1650型の800mm幅に対して780mm幅と20mm縮小され、各部吹き寄せ寸法も変更された。その結果、戸袋寸法に余裕が生じたことに伴って客用扉の引き残りが解消したほか、乗務員室の前後寸法が50mm拡大され居住性向上が図られている。また、細部では客用扉の窓寸法がさらに拡大され、扉外部の手掛けが扉下方に移設されている。なお、本系列においては運転台を持たない中間車(電動車・付随車)が新製されたが、先頭車のような前後非対称構造ではなく、窓配置2D2・2D2・2D2の前後対称構造で設計された。先頭車と車体長を統一するという制約の中でそのような窓配置を実現するため、連結面寄りの2連ユニット窓がいずれも725mm幅に縮小されたほか、戸袋寸法をわずかに縮小するなど各部寸法が先頭車とは異なる。
また、この600系の廃車留置先である淀車庫への送り込みの関係で昇圧前日の1983年(昭和58年)12月3日には車両運用を調整し、夜間の上り急行に充当された。
 
なお、本系列が装着した住友ST-A台車のうち、1両分2台が[[高松琴平電気鉄道]]へ譲渡されている<ref>た。ただし、保守上同台車のオイルダンパーの位置が保守上不都合を来たしたことから、実際の使用に当たっては枕ばね部を重ね板ばねに改造された。</ref>ている
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本系列は京阪線の昇圧をもっていったん系列消滅となったが、「600型」に対しては[[1984年]][[4月]]に[[京阪大津線|大津線]]初の冷房車として[[京阪600形電車 (3代)|600形(3代目)]]が登場<ref>但し正確には完全新造ではなく、260形2~3次車ならびに300形(2代目)の車体を流用して足回り等を新製し、かつ新規に車籍を用意する「代替新造」という形での登場である。</ref>、わずか4ヶ月で形式復活となった。
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== 参考文献 ==
1,397

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