「リシャール1世 (ノルマンディー公)」の版間の差分

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== 結婚と子女 ==
960年に[[パリ伯]][[ユーグ大公|ユーグ]]とザクセン公女ヘートヴィヒとの娘エンマと結婚した<ref name="ES79" /><ref name="ES10">Detlev Schwennicke, ''Europäische Stammtafeln: Stammtafeln zur Geschichte der Europäischen Staaten'', Neue Folge, Band II (Marburg, Germany: J. A. Stargardt, 1984), Tafel 10</ref>。二人が幼いころに婚約が決められた。エンマは968年3月19日以降に死去し、子はいなかった<ref name="ES79" />。
 
[[:en:Robert of Torigni|トリニーのロベール]]によると、エンマの死後間もなく、リシャールは狩りに行き、森林管理官の家に立ち寄った。そこでリシャールは森林管理官の妻センフリーダに惹かれたが、彼女は貞淑な女性であったため、自らの未婚の妹グンノールを代わりにすすめたという。グンノールはリシャールの妾となり、一族は出世した。グンノールの兄[[:en:Herefast de Crepon|エレファスト・ド・クレポン]]は異端裁判に巻き込まれた可能性がある。グンノールはリシャール同様、ヴァイキングを先祖に持つ、デーン人の子孫であった。リシャールは最終的には二人の間にできた子供たちを嫡出とするためグンノールと結婚した<ref group="注">Todd A. Farmerieの記事を参照。[http://www.rootsweb.ancestry.com/~medieval/gunnor.htm Robert de Torigny and the family of Gunnora, Duchess of Normandy] .</ref>。