「マヘンドラ・ビール・ビクラム・シャハ」の版間の差分

[[1962年]]、政党の禁止、[[パンチャーヤト制]]などを定めた新[[憲法]]を公布した<ref>佐伯『世界歴史叢書 ネパール全史』、p.650</ref>。また、首相の任免は国王が行った。以後、ネパールは[[1990年]]に次代の[[ビレンドラ・ビール・ビクラム・シャハ|ビレンドラ]]国王が民主化を行うまで複雑な[[間接民主制]]が行われた。
 
マヘンドラは諸外国との国交樹立に精力的だった。1956年にはスイスと、1957年4月にはエジプトと、同年7月にスリランカと国交を樹立した<ref>佐伯『世界歴史叢書 ネパール全史』、p.641</ref>。また、インドを牽制する目的で、パキスタンとも外交を樹立した<ref>佐伯『世界歴史叢書 ネパール全史』、p.641</ref>。それより先、1955年には中国とも国交を樹立し、1961年にネ中国境条約を結んだ。
 
[[1972年]][[1月31日]]、[[バラトプル]]で死去した<ref>[http://www.royalark.net/Nepal/nepal11.htm Nepal 11]</ref>。
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