「ボリビアガス紛争」の版間の差分

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[[9月19日]]、ガス防衛全国同盟が[[コチャバンバ]]で30,000人、[[ラパス]]で50,000人を動員して反パイプラインの[[デモ]]を行なう。翌日、道路封鎖によってソラタという村に5日間も閉じ込められた数百人の観光客を避難させるため、暴徒たちを迂回するように航空機と[[ヘリコプター]]でワリサタ部落に向かった政府軍が、8歳の少女を含む6名の[[アイマラ]]人を殺害するという事件が起こる。
 
この銃撃事件を受け、ボリビア労働者連盟 (''Central Obrera Boliviana'' : COB)は、[[9月29日]]に[[ゼネラル・ストライキ]]を開き、道路封鎖によって国を麻痺させる事を呼びかけた。労働者連盟の主導者たちは政府が決定を白紙に戻さない限りこれを続けると宣言。アイマラ人の市民軍は貧弱な装備でありながらも国軍と警察をワリサタ部落とソラタ村、アチャカチ村から追い払う事に成功する。ストライキの地域指導者であるエウヘニオ・ロハス (''Eugenio Rojas'')は、もし政府がワリサタで協定を結ぶ事を拒否すれば、暴徒と化したアイマラ人たちがラパス市を包囲し、他地域から孤立させるだろうと述べた。これは、[[1781年]]の[[トゥパク・カタリ (''Túpaj Katari'')]]の暴動で起こった事であの再来になと言われた
 
道路封鎖を組織的に行なっているもう一人の農民指導者、フェリペ・キスペ (''Felipe Quispe'')(国会議員)は、バリケードが築かれている地帯から軍隊が撤退しない限り、政府との対話を一切拒否するとの声明を出した。しかし、キスペには農民運動の代表者たる資格が無いとして、政府はキスペとの交渉を拒絶する。