「1995年の日本シリーズ」の版間の差分

(書き散らしの整理)
オリックスの本拠地神戸では、この年の[[1月17日]]に[[阪神・淡路大震災]]が発生しており、前年200本安打を達成したニューヒーロー・[[イチロー]]や最年長ノーヒッター(当時)[[佐藤義則]]などの活躍に加え、神戸市民はおろか日本中の野球ファンの応援を受けたオリックスはペナントを独走、本拠地胴上げこそ[[ボビー・バレンタイン|バレンタイン監督]]率いる[[千葉ロッテマリーンズ]]に阻止されたが、劇的な[[パシフィック・リーグ|パ・リーグ]]制覇を果たした。
 
一方、ヤクルトは前年のBクラスに加えて、主力であった[[広澤克実|広沢克己]]、[[ジャック・ハウエル]]が[[読売ジャイアンツ]]に移籍するなど、シーズン前は完全にノーマークであったが、開幕2戦目の対巨人戦で[[桑田真澄]]の危険球退場に端を発した逆転勝利で流れに乗ると、以後は新戦力の[[トーマス・オマリー]]や[[テリー・ブロス]]らの活躍などで投打にわたり[[セントラル・リーグ|セ・リーグ]]の他チームを圧倒、野村監督は宿敵の巨人・[[長嶋茂雄]]監督の目前での胴上げという宿願を果たし、2年振りにセ・リーグ制覇を成し遂げた。
 
このシリーズは「'''野村ID野球と仰木マジック'''」の対決と言われた。実際にシリーズ開幕前から両監督は、マスコミや監督会議を通して舌戦を展開し、対決ムードが大いに盛り上がった。TV番組で「'''基本的に試合前のミーティングはしません。そんなのしなくても選手がきちんとやってくれる'''」と発言した仰木監督に対し、野村監督は「'''試合前にミーティングしないなんて信じられない。オレには考えられない'''」と返した。また、一方では「'''イチローなんてたいしたことない'''」とも発言した。オリックスの[[山田久志]]投手コーチは試合後、「'''あのシリーズは野村さんにやられたんです'''」と語っている。