「金星」の版間の差分

[[マヤ神話|マヤ創世神話]]内では、金星は太陽と双子の英雄であるとされ<!-- 参考は後述書 p.246 -->、金星を「戦争の守護星」と位置付け、特定位置に達した時に戦を仕掛けると勝てると考えられた<ref>『神秘の王朝 マヤ文明展』 [[TBSテレビ|TBS]] [[国立科学博物館]] 2003年 p.246</ref>(一種の軍事[[占星術]]であり、金星の動きと戦争が繋がっていた)。
 
近代に入ると、[[金星の日面通過]]に大きな関心が寄せられるようになった。太陽系の大きさを測定する過程において、金星の日面通過で得られるデータは重要な役割を果たすと考えられたためである。[[1761年]]と[[1769年]]の日面通過観測は世界中に観測隊を派遣して行われたが、なかでも[[1768年]]から[[太平洋]]に派遣された[[ジェームズ・クック]]の探検隊<ref>『道楽科学者列伝 ― 近代西欧科学の原風景』pp111 小山慶太 中公新書 1997年4月25日発行</ref>は、太平洋各地で重要な地理的発見を行った。また、[[1874年]]の金星の日面通過においてはすでに産業化時代に入っていたこともあり、世界各国が各地に観測隊を派遣した。この時は日本も観測可能な地域に含まれており、[[フランス]]、[[アメリカ]]、[[メキシコ]]の3ヵ国が日本に観測隊を派遣した<ref>[http://www.sci-museum.jp/files/pdf/study/universe/2012/05/201205_16-17.pdf 神戸にある金星台][[大阪市立科学館]]</ref>。
 
=== 占星術 ===
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