「志賀親守」の版間の差分

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なお、大友義鎮が嫡男・義統に天正12~13年([[1584年]]~[[1585年]])頃に送ったと推定される書状の中で、親守を宇目村という場所に派遣したが、折を見て持ち場を離れてしまう。原因は女色家であるためで、大友家存亡の時にこれでは困る、と記されたものが存在する。
 
== 参考文献 ==
* 大友宗麟([[人物叢書]]) 外山幹夫 [[吉川弘文館]] 1988年
 
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