「鳥海山大物忌神社」の版間の差分

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上記の「卵生神話」は朝鮮の「三国遺事」や「三国史記」にも記載があり、外来の伝承が存在したことが推測されるが、鳥を先祖とするトーテミズム的な発想は、中世に成立した「鳥海山」の名称と関連していて、現在も地元に伝わる霊鳥伝説ともつながりを持っており、中世から近世にかけて成立した伝承である可能性が高いとされる<ref name="tetsugaku" />。
 
[[永正]]7年([[1510年]])の『羽黒山年代記』では、鳥海山は飽海嶽と呼ばれていたとして、欽明天皇7年([[546年]])に神が出現した後、貞観2年([[860年]])に、慈覚大師(円仁)が青鬼と赤鬼を退治した後、山の外観が龍に似ているとして、龍の頭部にみえる箇所(龍頭)に権現堂を建て、寺号を龍頭寺(りゅうとうじ)として、さらに、鳥の海に因んで山号を鳥海山としたとされており、卵生神話の記載はないものの、上記の「大日本国大物忌大明神縁」と共通する内容となっている<ref name="tetsugaku" />。なお、現在の[[龍頭寺 (山形県遊佐町)|龍頭寺]]は大同2年 ([[807年]]) に慈照上人が開いたとされており、上述の空海の帰国の年に合わせられているほか、慈照上人の実在が確認されておらず、慈覚大師(円仁)の錯誤である可能性もあるが、『羽黒山年代記』の貞観2年に開かれたとする記述とは年代が離れている<ref name="tetsugaku" />。
 
==== 蕨岡の伝承 ====