「Ω星団」の版間の差分
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紀元前2世紀に[[クラウディオス・プトレマイオス|トレミー]]が著書[[アルマゲスト]]の中で、ケンタウルス座を形作る星の一つとして記録している。[[17世紀]]に入り、[[ヨハン・バイエル]]が著書[[ウラノメトリア]]の中で、この天体にω星の[[バイエル符号]]を与えたため、現在も「ω星団」と呼ばれている。
[[1677年]]、南[[大西洋]]の[[セントヘレナ|セントヘレナ島]]で望遠鏡を使った観測で[[エドモンド・ハレー]]によって再発見され、「恒星ではない天体」として記録された。ハレーは、後の1715年に[[フィロソフィカル・トランザクションズ]]の中で、「明るい点または斑点(''luminous spots or patches'' )」の一つとして紹介し、「馬の背の星雲」と名付けている<ref name="OMeara2013"/>。
[[メシエカタログ]]製作者の[[シャルル・メシエ]]の観測地[[パリ]]ではω星団は地平線上に昇らないため、明るい星団でありながら[[メシエ天体]]としてリストアップされていない。
== ギャラリー ==
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