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政情が不安定になった[[20世紀]]初頭の清末には海外に逃れる中華人も増加、[[フランス領インドシナ]]を中心に主に[[イギリス領インド帝国|英領インド]]及び[[イギリス領マラヤ|英領マレイ]]、[[フィリピン]]などの主に[[植民地]]地域において[[農業]]、[[漁業]]、[[貿易]]、[[建築]]等に従事した。中でも[[フランス領インドシナ]]における華僑は、国民党を支持し、政治的影響力もあるほどになったとされている。
 
移民先では同郷意識が堅固で一定の地域に集団で居住する場合が多く、[[福建省]]から移住した中華人は[[ベトナム]]の[[ホーチミン市|西貢]]や[[チョロン地区]]で農産物加工工場などの経営、[[広東]]出身の中華人は同地域で米、材木、石炭、[[ジャンク (船)|ジャンク]]製造、獣骨、雌黄など主に[[農産物]]の[[輸出]]に従事するなど、商業においても出身地域による相互協力を構築していった。
 
===現在===
34,373

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