「糸居五郎」の版間の差分

編集の要約なし
タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集
 
=== 晩年・没後 ===
その後もコンスタントにDJや音楽紹介・評論、『イングリッシュ・ジャーナル』においてコラム「ポップスこそわが青春」の連載、[[東京アナウンスアカデミー]]で講師を務めるなど活動を続けていたが<ref name=radimaga8503>月刊[[ラジオマガジン (雑誌)|ラジオマガジン]] 1985年3月号 20-25ページ「追悼特集 さようなら永遠のスーパーDJ 糸居五郎さん」</ref>、1984年12月28日、食道がんにより死去。63歳没。奇しくも、一ヶ月前には[[山谷親平]]が死去している。[[1985年]][[1月14日]]、[[東京都]][[新宿区]]の[[太宗寺]]で行われた葬儀では[[亀渕昭信]]が[[弔辞]]を読み、「君が踊り僕が歌う時…」の『オールナイトニッポン』のキャッチコピーと共に「Go Go Go & Goes On!」の糸居の決め台詞で送った<ref>『僕のDJグラフィティ』338~341ページ</ref>。
 
糸居が生前収集していた大量のレコードなどは没後も東京都内の自宅で妻が保管していたが、転居することになって[[2013年]][[5月]]に[[LPレコード]]8770枚、[[EPレコード]]1955枚、[[SPレコード]]22枚、[[蓄音機]]、ステレオデッキ、放送を録音した[[オープンリール]]、番組に寄せられたリクエスト[[はがき]]、ファンレター、『オールナイトニッポン』の進行表、生前に受賞した賞の盾などが[[北海道]][[新冠町]]の[[レ・コード館]]([[道の駅サラブレッドロード新冠]]敷地内)に寄贈された<ref>[[北海道新聞]] 2013年5月16日朝刊記事「深夜ラジオ人気DJ故糸居五郎さん収集 郷愁の1万枚レ・コード館に」、[[読売新聞]](北海道)2013年6月13日記事「名DJのレコード1万枚、新冠レ・コード館に寄贈」</ref>。
336

回編集