「ニコラウス・コペルニクス」の版間の差分

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[[ファイル:KOS sarkofag ze szczątkami Kopernika.jpg|thumb|left|コペルニクスの遺物<br>[[オルシュティン]]の聖ヤコブ大聖堂]]
死後コペルニクスは埋葬されたものの、どこに埋葬されているのかは不明だった。コペルニクスの墓は、各国の学者によって2世紀にわたって捜索が続いていた。こうした中、[[シュチェチン]]大学などのチームがコペルニクスの主な任地であったフロムボルクの大聖堂で[[2004年]]から発掘を進め、大聖堂の深さ約2メートルの場所から[[2005年]]夏、遺骨を発見した。この遺骨は肖像画と頭蓋骨が互いに非常に似ていて、時代と年齢もほぼ一致していたので、遺骨がコペルニクスのものである可能性が高まった。[[2008年]]11月、シュチェチン大学と[[スウェーデン]]の[[ウプサラ大学]]との共同で、この遺骨と、他の場所ウプサラ大学で4世紀以上も保管されていたコペルニクスのものとされる本に挟まっていた2本の[[毛髪]]との[[DNA鑑定]]を行い、両者の[[DNA]]の一致によりこの遺骨がコペルニクスのものと最終的に認定された<ref>http://www.afpbb.com/articles/-/2541338 「コペルニクスの遺骸、DNA鑑定で確認される 2世紀にわたる墓探しに終止符」AFPBB 2008年11月23日 2016年1月28日閲覧</ref>
 
== 著作 ==