「ジョン・ウィーラー=ベネット」の版間の差分

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[[ケント (イングランド)|ケント州]]生まれ。ニール・マルコム(Neil Malcolm)将軍の側近や国際連盟宣伝部職員を経て、1924年から[[王立国際問題研究所]]の情報部長として''Bulletin of International News''の編集に携わった。また1927年から1934年までベルリンに滞在し、ワイマール共和国の崩壊とヒトラーの登場を目の当たりにした。またこの時期にヒンデンブルクの評伝やブレストリトフスク条約に関する著作を刊行し、歴史家としての地位を確立した。
 
第二次大戦中は、[[イギリス情報省]]([[:en:Ministry of Information (United Kingdom)|Ministry of Information]])およびイギリス外務省に勤務した。戦後、1946年から1950年まで在野の歴史家でありながらオックスフォード大学で教えた。その後、公文書館の歴史顧問として公文書編纂に携わった。1972年、[[イギリス学士院]]会員に選ばれた。
 
==著作==
29,648

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