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第2章は、内容的に(1)原始的な家族形態を復原し、今日の一夫一婦制の起源を明らかにする部分、(2)階級社会における一夫一婦制の批判、(3)では、どうやったら婦人は解放されるかという社会主義社会での家族と結婚という3つの部分が書かれている。イロクォイ族([[イロコイ族]])などアメリカ・インディアン、インドの部族において現存する家族制度と、血族呼称制度が矛盾している例をとりあげている。エンゲルスはここで「乱婚(無規律性交)→血族婚→プナルア婚→集団婚→対偶婚」という発展図式を考え、私有財産制度の成立とともに、母権制氏族社会が転覆され、「女性の世界史的敗北」(エンゲルス)がおきたとした。私有財産は家父長制から一夫一婦制へ移行し、それらは姦通と娼婦制度によって補完されるとした。そして社会主義=財産の主要部分である生産手段の私的所有の廃止によって、財産の相続を目的にした一夫一婦制の基礎は消滅すると主張した。
 
第2章家族四一夫一婦婚家族において、エンゲルスは、「[[フランス民法典|ナポレオン法典]]第312条(der Code Napoleon Art. 312)」に言及している。ナポレオン法典は日本の旧民法の土台となった民法典で、第312条は「婚姻中に受胎された子の父は──夫である」としており、ここから民法第772条でもが規定する「嫡出の推定」すなわち「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」が由来している。土屋保男訳及び原文は以下の通りである。
 
だがそれとともに、一夫一婦婚そのものの内部に第二の対立が発展してくる。自分の生存を婚外性交によって楽しいものにする夫のかたわらには、夫にかえりみられない妻がいる*1。そして*2リンゴは半分食ってしまえば、まるまる一個はもう手に残らないのと同じように、対立の一面は他の一面なしにはありえない。それにもかかわらず、夫たちは妻に迷いをさまさせられるまでは、それがありうると思っていたらしい。個別婚とともに、以前には知られなかった二人のおさだまりの社会的役者が登場する。妻のおさだまりの色男と妻に間男まおとこされた夫がそれである。男性は女性にたいして勝利をはくしたが、勝者に冠をかぶせる(81)仕事は高潔なことに敗者が引きうけた。個別婚と婚外性交とならんで、姦通が不可避な社会的制度になった──厳禁され厳罰に処されはするが、しかしこれを防遏(ぼうあつ)することの不可能な社会的制度に。子どもたちの父たる身分の確実性は、あいかわらずせいぜい道徳的信念に立脚していただけであって、この解きえない矛盾を解くために、ナポレオン法典第312条はこう規定した。すなわち、「L'enfant conçu pendant le mariage a pour père le mari.婚姻中に受胎された子の父は──夫である」。これが、3000年にわたる個別婚の最後の帰結である。(93頁)
子どもたちの父たる身分の確実性は、あいかわらずせいぜい道徳的信念に立脚していただけであって、この解きえない矛盾を解くために、。(93頁)
 
Hiermit entwickelt sich aber ein zweiter Gegensatz innerhalb der Monogamie selbst. Neben dem, sein Dasein durch den Hetärismus verschönernden Ehemann steht die vernachlässigte Gattin.{25} Und man kann nicht die eine Seite des Gegensatzes haben ohne die andre, ebensowenig wie man noch einen ganzen Apfel in der Hand hat, nachdem man die eine Hälfte <70> gegessen. Trotzdem scheint dies die Meinung der Männer gewesen zu sein, bis ihre Frauen sie eines Bessern belehrten. Mit der Einzelehe treten zwei ständige gesellschaftliche Charakterfiguren auf, die früher unbekannt waren: der ständige Liebhaber der Frau und der Hahnrei. Die Männer hatten den Sieg über die Weiber errungen, aber die Krönung übernahmen großmütig die Besiegten. Neben der Einzelehe und dem Hetärismus wurde der Ehebruch eine unvermeidliche gesellschaftliche Einrichtung - verpönt, hart bestraft, aber ununterdrückbar. Die sichre Vaterschaft der Kinder beruhte nach wie vor höchstens auf moralischer Überzeugung, und um den unlöslichen Widerspruch zu lösen, dekretierte der Code Napoleon Art. 312:
<70>Die sichre Vaterschaft der Kinder beruhte nach wie vor höchstens auf moralischer Überzeugung, und um den unlöslichen Widerspruch zu lösen, dekretierte der Code Napoleon Art. 312:
 
"L'enfant conçu pendant le mariage a pour père le mari; das während der Ehe empfangne Kind hat zum Vater - den Ehemann."
 
Das ist das letzte Resultat von dreitausend Jahren Einzelehe.
 
出典:http://www.mlwerke.de/me/me21/me21_036.htm
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