「トレント・ロット」の版間の差分

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'''チェスター・トレント・ロット'''('''Chester Trent Lott, Sr.''', [[1941年]][[10月9日]] - )は、[[アメリカ合衆国]]の[[政治家]]。[[ミシシッピ州]]出身、所属政党は[[共和党 (アメリカ)|共和党]]。[[アメリカ合衆国上院|連邦上院議員]](4期つとめる共和党上院院内総務・院内幹事を務め歴任した。[[宗教]]は最も原理主義的とされる[[南部バプテスト連盟|南部バプティスト]]。尊敬する政治家は、[[アメリカ連合国|旧南部連合]]の初代大統領[[ジェファーソン・デービス]]である。
 
== 経歴 ==
[[ミシシッピ大学]]卒業後、[[1972年]]に連邦下院議員選挙に出馬し、以来8期([[1973年]] - [[1989年]])選挙に打って出、以来8期つとめる。党内保守派で同時に典型的な調整型政治家として立ち回り[[1981年]] - [[1988年]]までは下院院内幹事をつとめレーガン政権を陰で支えた。共和党は当時少数派だったため議長を出しておらず[[ロバート・ミッチェル]]下院院内総務に次ぎ№2の地位にあったがミッチェルが温厚で個性の強くない性格だったため実質的な下院のトップはロットであった。[[イラン・コントラ事件]]の際は当時・下院政策委員長だった[[ディック・チェイニー]]と共に事態収拾に動いた。[[1988年]]連邦上院議員([[ミシシッピ州]]選出、[[1989年]] - )に鞍替えし当選。下院院内幹事の座をチェイニーに譲る。その後は共和党上院院内幹事([[1995年]] - [[1996年]])、[[ボブ・ドール]]の大統領選出馬に伴い上院多数党[[院内総務 (アメリカ)|院内総務]]([[1996年]] - [[2001年]])、上院少数党院内総務([[2001年]] - [[2002年]])を歴任。現在上院議事運営委員長([[2003年]] - )。[[2001年]]の遺産税廃止を盛り込んだ1兆6千億ドル規模の大型減税審議では政府原案の否決が濃厚になると、故意に反対票を投じ[[民主党 (アメリカ)|民主党]]との調整を模索、最終的に減税規模は1兆3千5百億規模で成立を果たす。同年に共和党は上院で過半数を失い政局運営に四苦八苦させられるが、[[対テロ戦争]]への国民の支持を追い風に、翌・[[2002年]]の中間選挙で過半数を奪還する。だが、選挙後の同年12月に[[ストロム・サーモンド]]上院議員が[[1948年]]の[[アメリカ合衆国大統領選挙]]で掲げていた人種主義的政策を礼賛するかのような言説を唱え、黒人団体などの激しい糾弾を招く。党内外でロットを擁護する声は上がらずロットは院内総務の地位を追われることになり、選挙を事実上取り仕切っていた[[ビル・フリスト]]上院議員がその地位に就く。ただ、ロットはその調整能力の高さから政治的影響力は保持し続け、[[2006年]]には院内幹事として復権を果たす。[[2007年]][[12月18日]]に突如上院議員辞任を発表する。死亡若しくは、任期途中で辞任した際は補選まで州知事が後任を選出する規定が州法に定められており、[[ロジャー・ウィッカー]]下院議員がその職を引き継いだ
 
[[1988年]]、連邦上院議員に鞍替えし当選。下院院内幹事の座をチェイニーに譲る。その後は共和党上院院内幹事([[1995年]] - [[1996年]])、[[ボブ・ドール]]の大統領選出馬に伴い上院多数党[[院内総務 (アメリカ)|院内総務]]([[1996年]] - [[2001年]])、上院少数党院内総務([[2001年]] - [[2002年]])を歴任。現在上院議事運営委員長([[2003年]] - )。[[2001年]]の遺産税廃止を盛り込んだ1兆6千億ドル規模の大型減税審議では政府原案の否決が濃厚になると、故意に反対票を投じ[[民主党 (アメリカ)|民主党]]との調整を模索、最終的に減税規模は1兆3千5百億規模で成立を果たす。同年に共和党は上院で過半数を失い政局運営に四苦八苦させられるが、[[対テロ戦争]]への国民の支持を追い風に、[[2002年]]の中間選挙で過半数を奪還した。
 
しかし、選挙後の2002年12月に[[ストロム・サーモンド]]上院議員が[[1948年]]の[[アメリカ合衆国大統領選挙]]で掲げていた人種主義的政策を礼賛するかのような言説を唱え、黒人団体などの激しい糾弾を招く。党内外でロットを擁護する声は上がらずロットは院内総務の地位を追われることになり、選挙を事実上取り仕切っていた[[ビル・フリスト]]上院議員がその地位に就く。ただ、ロットはその調整能力の高さから政治的影響力は保持し続け、[[2006年]]には院内幹事として復権を果たす。[[2007年]][[12月18日]]に突如上院議員辞任を発表する。死亡若しくは、任期途中で辞任した際は補選まで州知事が後任を選出する規定が州法に定められており、[[ロジャー・ウィッカー]]下院議員がその職を引き継いだ。
 
[[画像:Trent Lott official portrait.jpg|thumb|left|トレント・ロット]]
 
== 参照 ==
<references/>
 
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