「ウスタシャ」の版間の差分

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ウスタシャと内部マケドニア革命組織の協力によるテロとして、[[1934年]]に当時のユーゴスラビア国王[[アレクサンダル1世 (ユーゴスラビア王)|アレクサンダル1世]]が、フランス訪問中に[[暗殺]]されるという事件も起きている。ユーゴスラビア政府はウスタシャを取り締まったが、その後もクロアチア人によるテロは止む事が無かった。
 
[[Image:UstasamilitiaUstaše militia execute prisoners near the Jasenovac concentration camp.jpg|350px|thumb|right|[[ヤセノヴァツ強制収容所|ヤセノヴァッツ収容所]]で今まさに処刑される収容者。手前は彼ら自身の手で掘削させられた墓穴である。彼らは墓穴の縁に跪かされ、背後から銃殺され、重力に従い墓穴に転落する。クロアチア人の労働力を必要以上に浪費しない“効率の良い”埋葬方法であった]]
パヴェリッチは当初イタリアの[[ファシスト党|ファシスト党首]][[ベニート・ムッソリーニ]]から援助を受けていたが、やがて北の[[ナチス・ドイツ]]とも関係を強化し、[[1941年]]のユーゴスラビアに対するナチス侵攻を契機に[[クロアチア独立国]]を設立した。パヴェリッチは独立と同時に[[国家元首]]となり、[[アドルフ・ヒトラー|ヒトラー]]やムッソリーニを真似て単一政党による[[独裁]]国家を樹立する。
他の政党はすべて非合法化され、ナチスを真似た[[親衛隊]]も創設した。また国内に[[強制収容所]]を建設しセルビア人は元よりユダヤ人やジプシー、更には同胞のクロアチア人の反対派を大量に逮捕・収監した。