「蕨市」の版間の差分

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'''蕨市'''(わらびし)は、[[埼玉県]]南東部にある[[人口]]約7万12千人の[[市]]である。[[東京都]][[特別区]]部への通勤率は36.4%(平成22年国勢調査)。
 
== 概要 ==
== 歴史 ==
「蕨(わらび)」という地名がいつごろ生じたのかは不明であるが、文献上の初出は[[1352年]][[8月17日]]([[観応]]3年[[6月29日 (旧暦)|6月29日]])付の「賀上家文献」で、「蕨郷上下」と記されている。蕨市役所付近には古来の日本住宅など多く残されており、旧[[中山道]]沿いに栄えた当時を偲ばせる建物も多い。
 
蕨市は同じ[[中山道]]沿いの都市である[[浦和市]](現さいたま市)などとの合併構想が度々浮上していたものの実現していなかった。[[平成の大合併]]の中[[川口市]]、旧・[[鳩ヶ谷市]]との新設合併協議([[武南市]]構想)が実施され、新市庁舎の位置や合併予定期日も決定していた。しかし住民投票で5位だった「[[武南川口]]」の市名が合併協議会で可決されたことに対し「武南市名に反発があったと川口市は法定合併協議会から離脱を決定。合併構想、協議会消滅解散した。
 
* 上蕨村と下蕨村を合して蕨宿を称した。
* [[1889年]]([[明治]]22年)[[4月1日]] - 蕨宿・塚越村が合併し、[[北足立郡]]蕨町となる。
* [[1959年]]([[昭和]]34年)4月1日 - 埼玉県内で23番目に市制施行。現在に至る。
* [[1962年]](昭和37年) - 浦和市議会が、三市と川口・蕨での五市合併を呼びかけ。
* [[2002年]](平成14年) - 川口市・蕨市・鳩ヶ谷市で合併協議会を設置。
* [[2004年]](平成16年) - 新市名が[[武南市]]に決定するも、協議会解散。
 
=== 地名の由来 ===
* [[源義経]]が立ちのぼる煙を見て「藁火村」と名付けた、[[在原業平]]が藁をたいてもてなしをうけたところから「藁火」と命名したという'''「藁火」説'''。
* 僧慈鎮(じちん)の「武蔵野の草葉にまさるわらびをげにむらさきの塵かとぞみる」の歌をもって名付けた近隣の[[戸田市]]や[[川口市]]にもある地名の[[青木 (川口市)|青木]]、[[笹目]]、[[美女木]]などの植物にならって命名したという'''「蕨」説'''。
 
=== 合併構想 ===
蕨市は同じ[[中山道]]沿いの都市である[[浦和市]](現さいたま市)などとの合併構想が度々浮上していたものの実現していなかった。[[平成の大合併]]の中で[[川口市]]、旧・[[鳩ヶ谷市]]との新設合併協議が実施され、新市庁舎の位置や合併予定期日も決定していたが、住民投票で5位だった「[[武南市]]」の市名が合併協議会で可決されたことに対し市民の反発があったとして、川口市は法定合併協議会からの離脱を決定。合併構想は消滅した。
 
==== 経緯 ====
* [[1983年]]([[昭和]]58年)11月 - 県南5市協議会([[川口市|川口]]、[[草加市|草加]]、蕨、[[戸田市|戸田]]、[[鳩ヶ谷市|鳩ヶ谷]])発足。
* [[2002年]]([[平成]]14年)[[12月26日]] - 合併協議会設立。会長は蕨市長、副会長は川口市長、鳩ヶ谷市長。
* [[2003年]](平成15年)
** 戸田市が川口、蕨、鳩ヶ谷との合併協議会に不参加を表明。
** [[12月24日]] - 合併協議会解散、法定合併協議会設立。
* [[2004年]](平成16年)
** [[2月19日]] - 住民投票を求める蕨市民の会が、18,393名の署名を集め蕨市に提出。6月の議会で投票率50%以下の場合は開票しないことが可決された。
** [[7月12日]] - 新市の名称として前回の協議会で1位、2位となった「川口市」と「武南市」の決選投票を実施、22対19で「武南市」が可決された。
** [[7月21日]] - 川口市議会で全員協議会を開催。「川口市」が選ばれ法定協議会を離脱する方針を決定。
** [[8月1日]] - 蕨市で予定されていた住民投票が中止。
** [[8月2日]] - 川口市で臨時市議会が開催され、合併協議会からの離脱を決定。
** [[9月30日]] - 法定合併協議会が正式に解散。
 
川口市議会においても新市名が「川口市」もしくは「かわぐち市」ではなく「武南市」とされたことなどを嫌悪し合併反対という結果が出た為、合併構想は破綻した。
 
== 人口 ==
1,974

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