「ニューウェルブランズ・ジャパン」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
* 1992年、[[内藤寿七郎]]氏が「シュバイツァー人間愛賞」を受賞
* 1993年、関西の優秀な中堅企業に対する「パイオニア・オブ・ザ・イヤー」を受賞
* 1994年、[[どついたれ|葛西健蔵]]社長「[[黄綬褒章]]」受章
* 1995年、尚和株式会社設立、7月、[[住吉区]]の老人ホーム「アップリケアー」着工、12月、葛西社長、アルベール・シュバイツァー人間愛協会主催「生命への畏敬賞」受賞
* 1997年、内藤寿七郎国際育児賞を設立し、その第1回特別賞を[[マザー・テレサ]]に贈る
* 2002年、アップリカ乳児行動発達学研究所を開設
* 2003年、「赤ちゃんの脳と呼吸を守り生涯の幸せを追求する幸せ運動」と題した年間キャンペーンを展開
* 2007年、アップリカ葛西、長年にわたる不適切な決算処理を訂正、数十億円の特別損失を計上して債務超過に陥る
* 2008年
*:* 2月、アメリカ大手日用品メーカーのニューウェル・ラバーメイド社がアップリカ葛西への経営支援を発表
*:* 4月、アップリカ葛西より全事業の譲渡を受ける
*:* 7月、製造したベビーカーの不具合による事故が多発。経済産業省より行政指導を受ける
* 2013年、空気を全く通さないベビーカーの座面を「通気性バツグン」と広告表示し、消費者庁より景品表示法違反(優良誤認)の措置命令を受ける
 
== 社名のアップリカの由来 ==
イタリア語「APRICO」が「明るい太陽の当たった」という意味で、これのCOの部分を家を意味する「CASA」の冒頭「CA」に差し替えて「太陽が燦燦と当たる温かい家を指し、温かい心を持った子どもたちに育ってほしい」という願いを込めた、としている。しかし実際は「林檎の車」すなわち、日本人の新生児期の肌の色の特徴である"赤"(=林檎の赤)、赤ちゃんの顔のような形(丸くてぽっちゃり)、の乗る車(カー)で「APPLE+CAR=Aprica」(アップル・カーが転じてアップリカ)とする説が有力であり、事実、現在の商標上の綴りは現在"Aprica(アップリカ)"であるが、アップリカ葛西株式会社の前身会社、創業期の「葛西商店株式会社」の頃に販売されていたベビーカーには「Apricar(末尾にrがつく)」のロゴが使用されており、当時のカタログにも「Apricar(アップリカー)」と林檎のイラストが明記されている。
 しかし実際は「林檎の車」すなわち、日本人の新生児期の肌の色の特徴である"赤"(=林檎の赤)、赤ちゃんの顔のような形(丸くてぽっちゃり)、の乗る車(カー)で「APPLE+CAR=Aprica」(アップル・カーが転じてアップリカ)とする説が有力であり、事実、現在の商標上の綴りは現在"Aprica(アップリカ)"であるが、アップリカ葛西株式会社の前身会社、創業期の「葛西商店株式会社」の頃に販売されていたベビーカーには「Apricar(末尾にrがつく)」のロゴが使用されており、当時のカタログにも「Apricar(アップリカー)」と林檎のイラストが明記されている。
 
== 関連 ==
初代社長の[[どついたれ|葛西健蔵]]は[[鉄腕アトム]]の商品(アトムの顔のついた育児器具)を扱い、その関連で[[手塚治虫]]の虫プロ商事及び虫プロ倒産(1972年)の際には、自ら債権者でありながら債務返済・整理に当たり、手塚はその恩を語っている<ref>手塚治虫「どん底の季節」(1986年)『手塚治虫大全1』(1992年マガジンハウス)p96</ref>
 
== 店舗展開 ==
 
== 外部リンク ==
* [http://www.aprica.jp/hm/index.html 赤ちゃん・ベビー用品のアップリカ | Aprica]
 
{{Company-stub}}
匿名利用者