「ブダペスト包囲戦」の版間の差分

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== 包囲戦開始までのハンガリー ==
1941年からの独ソ開戦以後、ハンガリーはドイツと共にソ連との戦争を続行していたとはいえ、戦線に敗北の様相が濃くなるにつれ、その協力度は「気の乗らない衛星国」のそれになりつつあった。1944年春までには、戦況を絶望視したハンガリー政府首脳は[[連合国 (第二次世界大戦)|連合国]]との[[休戦]]を望んでいたが、ドイツは[[バラトン湖]]周囲にあるハンガリー油田を必要としており、またハンガリーに居住するユダヤ人の[[ホロコースト|徹底的な殲滅を計画]]、3月19日、ドイツ軍は[[マルガレーテ作戦#マルガレーテI|マルガレーテ作戦]]を発動、部隊をハンガリーへ侵入させ親独派の[[ストーヤイ・デメ]]政権を樹立させる。しかしハンガリー[[摂政]]の座を保った[[ホルティ・ミクローシュ]]提督はなお休戦を試みようとしていた。
 
1944年6月末、[[バグラチオン作戦]]成功とその後の進撃によりソ連軍は[[バルカン半島]]に侵入してきた。1944年10月、ホルティは連合軍と和平について交渉する機会をつかんだ。しかしドイツ側にこのことが露見してしまい、10月16日ドイツ軍は[[パンツァーファウスト作戦]]を発動、ホルティを摂政から退任させ、親ナチの[[矢十字党]]とその指導者[[サーラシ・フェレンツ]]がハンガリーを掌握することとなった。
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