「比較発生学」の版間の差分

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== 前史 ==
発生学に関する知識は、長い蓄積があるが、それほど体系立ったものになってはいなかった。前生説と後成説の議論が19世紀まで決着がつかなかったのは、一面では発生の基本的な意味が把握されていなかった、という点にある。つまり単細胞の状態から[[卵割]]を繰り返しながら構造が出来てゆく、という把握は細胞の意味がわからなければ成立しない。[[カスパ・ヴォルフ]]は18世紀末に後成説を現代的な意味で明確に示したが、当時は受け入れられなかったのもある程度やむを得ない。当時は[[種子]]や[[蛹]]も卵と同等と考えられていたから、それらを比べてもまっとうな結論が出るわけがないのである。
 
そういうわけで、細胞説の成立によって初めて発生学はその課題を明らかに捉えたと言ってもよい面がある。それが確定すれば後成説は当然のように認められた。こうして様々な動物の発生を比較できる土台が出来た上で、比較解剖学の観点を発生学に持ち込んだのが比較発生学であった。