「フーガの技法」の版間の差分

1740年代前半に作曲が開始され、[[ヨハン・セバスティアン・バッハ|バッハ]]最晩年となる1740年代後半に作曲と並行して出版が準備されたが、その途中で作曲者自身の視力が急激に低下してしまい、「コントラプンクトゥス14 3つの主題による4声のフーガ」が未完成の段階で作曲が中断されてしまった。何人かの音楽学者によって「最初の12曲が1742年に、チェンバロ独奏を想定して作曲された」ことが判明しているが、残りのフーガを書き始めた経緯は、今もなお不明である。曲集は[[ヨハン・セバスティアン・バッハ|バッハ]]の死後、未完成のまま出版された。
 
様々な様式・技法による14曲の[[フーガ]]と4曲の[[カノン (音楽)|カノン]]が現行の多くの版に収録されている。彼は卓越した[[対位法]]技法を駆使し、単純な主題を入念に組み合わせることによって究極へと導いの構築性を実現した。
 
『フーガの技法』は、作品固有の緊密な構築性と内在する創造性によって、クラシック音楽の傑作の1つに数えられている。
 
== 音楽 ==
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