「第百五十三号哨戒特務艇」の版間の差分

1945年12月1日、[[第二復員省]]の開庁に伴い、[[第二復員省#地方復員局|呉地方復員局]]所管の掃海艦に定められ、同局掃海部下関支部所属と定められる。また、同日から艦名を哨特第百五十三号としている。1946年6月15日、[[復員庁]]の開庁に伴い、所属を下関掃海部に改められる。
 
1948年1月1日、復員庁が廃止され、[[運輸省]]に移管。5月1日、[[海上保安庁]]に編入され掃海船MS-26となる。8月20日、船名を哨特第一五三号 MS-26に定められる。1950年4月20日、[[若松港]]沖で掃海作業中、殉職者1名を出す。[[朝鮮戦争]]の際、本船は1950年11月15日に[[日本特別掃海隊|特別掃海隊]]第二次第1掃海隊に編入されたが、掃海に従事することなく12月24日には第1掃海隊から除かれた。1951年12月1日、船名をたかしま MS-26に改正。1952年3月24日、[[父島]][[二見港 (東京都)|二見港]]に残存する約200個の感応[[機雷]]を処分するため特別掃海隊が編成されたが、本船は船体に不具合のあった[[第百七十九号哨戒特務艇|おおしま MS-29]]と交代し、特別掃海隊に組み入れられた。特別掃海は4月19日から5月4日にかけて実施された。
 
1952年8月1日、[[警備隊 (保安庁)|保安庁警備隊]]に移管され、[[海上幕僚監部|第二幕僚監部]]西部航路啓開隊佐世保航路啓開隊第8掃海隊に編入。1954年1月15日、佐世保地方総監部佐世保基地警防隊第8掃海隊に編入。
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