「マンジョット・ベディ」の版間の差分

編集の要約なし
m
'''マンジョット・ベディ'''(Manjot Bedi、男性、[[1969年]][[10月]]<ref name="日経BP-1"/>7日<ref name="1st Avenue Blog">{{Cite web|author = |date = 2007年10月5日|url = http://www.1st-avenue.jp/weblog/2007/10/anniversary_party.html|title = Anniversary Party!!|work = 1st Avenue Blog|publisher = 1st Avenue|language = 日本語|accessdate = 2013年2月7日}}</ref> - )は、[[インド]]・[[ニューデリー]]出身<ref name="WEB-NILE-1"/>のクリエイティブディレクター、フィルムディレクター、フォトグラフィーディレクター。 株式会社[[ティー・ワイ・オー]] 1stAvenue代表を経てTYO/03に参加。[[テンプル大学]]日本校中退<ref>{{Cite web|author = |date = 2012年3月2日|url = http://mainichi.jp/opinion/news/20120302k0000m070104000c.html|title = ひと:マンジョット・ベティさん 伊勢神宮式年遷宮をPR|work = 毎日jp|publisher = 毎日新聞社|language = 日本語|accessdate = 2013年2月8日}}</ref>。
 
== 経歴 ==
外交官であった父親の影響で、オーストリア、ブダペスト、イギリス、オマーン、サウジアラビアなど、アジアやヨーロッパの約15か国以上を転々とする。17歳の時に日本に移り住む<ref name="WEB-NILE-1">{{Cite web|author = |date = |url = http://www.web-nile.com/article/interview.php?article=000051|title = 世界中の人の心を動かすクリエイター マンジョット・ベディ氏 1|work = |publisher = WEB-NILE|language = 日本語|accessdate = 2013年2月7日}}</ref>。
俳優、マネージャー、キャスティング、通訳など<ref name="WEB-NILE-1"/>を経て1997年に広告会社[[ティー・ワイ・オー]]に入社<ref name="WEB-NILE-1"/><ref name="日経BP-1">{{Cite web|author = |date = 2008年12月5日|url = http://business.nikkeibp.co.jp/article/pba/20081204/179190/|title = 顧客の「見える化」で組織は燃える コンペ連戦連勝、新興広告会社の秘密1|work = 日経ビジネスオンライン|publisher = [[日経BP]]|language = 日本語|accessdate = 2013年2月7日}}</ref>。プランナーを経て、ディレクターに。さらに、より現場で映像づくりをするため、カメラマンとしての活動も始め、スチル、ムービー両方をこなす。現在、クリエイティブ・ブランドの1st Avenue 代表に就任。テレビCMの演出/撮影にとどまらず、各企業のコミュニケーション全般のクリエイティブ立案からフィニッシュまでの一貫したコミュニケーション・コンサルティングと幅広い。主な仕事は[[レクサス・GS]]、[[プリウスα]]のTVCMや新興国戦略車種に関するプロモート戦略<ref name="TOKYO異邦人1">{{Cite web|author = |date = 2013年2月24日|url = http://www.dailymotion.com/video/xxst8p_tokyoyyy-1_shortfilms|title = TOKYO異邦人|work = |publisher = BS朝日|accessdate = 2013年2月24日}}</ref>、[[伊勢神宮]]、“[[式年遷宮]]”のポスター撮影、イメージVTRの撮影など<ref name="伊勢神宮式年遷宮PRビデオ">{{Cite web|author = |date = 2009年12月5日|url = http://www.youtube.com/watch?v=_3tsQxRSKiE|title = 伊勢神宮式年遷宮PRビデオ|work = |publisher =|accessdate = 2013年3月22日}}</ref>2012年に「TYO」のユニットのひとつでありクリエイティブディレクション機能に特化したブランド「03」に参加しクリエイティブディレクター、フィルムディレクター、フォトグラフィーディレクターとして活躍している。2015年からは熊本で生まれた認知症カフェ1号店「as a cafe」の企画から運営までプロデュースを手がけている
 
== 人物 ==
* クリエイティブディレクターでありながら、フィルムディレクター、カメラマンを兼務し、自身で一気通貫した制作を行う。
* クリエイティブの視点から経営戦略まで立案するため、復学し、マーケティングを専攻した。
 
=== 本人と日本の関係について ===
* 17歳のときに外交官である父の仕事の関係で日本に移り住む。
* 日本に到着した夜に出先からの帰り道がわからなくなったが、通りすがりの人に家の近くのコンビニで買い物をした際のレシートを見せたところ、驚きながらも自分の帰る方向とは違う住所まで歩いてつれて行ってくれた。この体験からマンジョットは日本人のおもてなしや礼儀を重んじる心、目に見えないものを大事にする価値観に引かれていった。
* 広告会社ティー・ワイ・オーに入社後、2008年い仕事で頻繁に愛知に訪れていた際に薦められた伊勢神宮に立ち寄る。足を踏み入れた瞬間にその美しさに感銘を受け、思わず涙が出るほど感動したという。その際に、周囲の日本人が数年後に控える式年遷宮を知らなかったことから「式年遷宮をより多くの日本人に知ってもらいたい」という強い思いを持ち、2013年の伊勢神宮式年遷宮広報本部の活動を担うことになった。
日本人に知ってもらいたい」という強い思いを持ち、2013年の伊勢神宮式年遷宮広報本部の活動を担うことになった。
* 2015年3月からは認知症カフェの第1号店「as a cafe」のトータルプロデュースを行い、本業で多忙を極める傍ら、ほとんどの毎週末はカフェのある熊本に訪れている。
 
=== 認知症カフェ『as a cafe』について ===
* 認知症カフェとは、2025年には認知症患者と認知症予備軍の数が1000万人近くになるといわれ65歳以上の3人に1人、全国民の約10人に1人が発症する可能性があるといわれている認知症の施策として2013年に始まった「新オレンジプラン」という認知症高齢者が住みなれた地域でいつまでも自分らしく暮らしていける環境作りを目指す5ヵ年計画の地盤作りのひとつである。認知症患者本人のみならず、介護者同士の情報交換や専門家への相談などを行うことができ、認知症の人と家族を支える新しい心のよりどころ、地域の人が直接認知症の人と交流できる場所のことである。
* 主に、民間や公営の施設を用いて定期的に開催されているケースが多い。
* 『as a cafe』は熊本で生まれた認知症カフェ1号店である。『as a cafe』はマンジョットがクリエイティブ・ディレクターとして、どう社会に貢献できるのかというテーマに対する1つの答えとして作り出したカフェである。
* 彼が「認知症」「介護」「超高齢社会」に注目したのは“日本だけの問題ではなく、世界の問題になりつつあること”“プライベートな部分が多く、表面化しにくいこと”“まだまだ理解不足や偏見が根強いこと”などの課題を見つけたことから始まりました。
* 彼は、福祉業界に蔓延るこれらの問題を解決するには、クリエイティブな力、グローバルな視点、多方面・異業種からの大きな力が必要不可欠と感じ、同時に「認知症」「介護」の世界を知ることが重要だと感じた。そこで企画提案からブランディング、設計図までも自ら引き、インテリアはもちろん庭の木々にもクリエイティブな支店を盛り込み、長い関係性を続けられる居心地のいい空間である『as a cafe』を作り上げた。
* 認知症患者、その介護者だけでなく地域のこどもから高齢者まで、毎月400人もの人が訪れる場になっている。
 
== 主な仕事 ==
3

回編集