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{{Infobox baseball player
|選手名=ノマー・ガルシアパーラ
|英語表記=[[w:Nomar Garciaparra|Nomar Garciaparra]]
|選手写真ファイル名=NomarGarciaparraNomar 20060604Garciaparra IMG 9542 (4308826992).jpg
|写真サイズ=250280
|写真のコメント=2010年1月26日
|国籍={{USA}}
|出身地=[[カリフォルニア州]][[ウィッティア (カリフォルニア州)|ウィッティア]]
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== 経歴 ==
=== プロ入り前 ===
1973年7月23日に、メキシコ人の両親の間に生まれる。ノマー(Nomar)という名前は、父親のラモン(Ramon)が自分の名前をひっくり返したことにちなむ。 
 
カリフォルニア州[[ベルフラワー (カリフォルニア州)|ベルフラワー]]のセント・ジョン・ボスコ高校に入学後、{{by|1991年}}にハイスクール・リーグの最優秀選手に選出され<ref name="maj199708"/>、[[ミルウォーキー・ブルワーズ]]から[[ドラフト会議 (MLB)|ドラフト]]5巡目(全体130位)で指名されたが、契約せず[[ジョージア工科大学]]へ進学。{{by|1992年}}には[[バルセロナオリンピックにおける野球競技|バルセロナオリンピック]]の[[バルセロナオリンピック野球アメリカ合衆国代表|野球アメリカ合衆国代表]]として出場した。{{by|1994年}}のドラフトで[[ボストン・レッドソックス]]から1巡目(全体12位)指名を受け入団
 
=== レッドソックス時代 ===
{{by|1994年}}のドラフトで[[ボストン・レッドソックス]]から1巡目(全体12位)指名を受け入団。
 
[[ファイル:Nomar2002.jpg|150px|thumb|left|レッドソックス時代のガルシアパーラ(2002年)]]
 
{{by|1996年}}にメジャーデビューを果たし、この年は[[打率]].241・4[[本塁打]]・16[[打点]]を記録。[[ジミー・ウィリアムズ (1943年生の内野手)|ジミー・ウィリアムズ]]監督は[[ジョン・バレンティン]]を遊撃から二塁へコンバートさせ<ref name="library"/>、ガルシアパーラは{{by|1997年}}開幕を迎えた。遊撃手として153試合に出場。7月26日から8月29日にかけて30試合連続安打を達成し、[[ガイ・カートライト]]のリーグ新人記録を54年ぶりに更新し、球団史上[[トリス・スピーカー]]に次ぐ歴代2位となった<ref name="library"/>。1番打者としてのメジャー記録となる98打点を挙げ、30本塁打は遊撃手としての新人記録となった<ref name="library">{{cite web |url=http://www.baseballlibrary.com/ballplayers/player.php?name=Nomar_Garciaparra_1973|title=The Ballplayers Nomar Garciaparra |language=英語||work=BaseballLibrary.com |accessdate=2008年9月15日 }}</ref>。リーグ最多の209安打は[[ジョニー・ペスキー]]の球団新人記録を55年ぶりに更新し、365塁打は[[テッド・ウィリアムズ]]の球団新人記録を58年ぶりに更新した<ref name="library"/>。
{{by|1996年}}にメジャーデビューを果たし、この年は[[打率]].241・4[[本塁打]]・16[[打点]]を記録。
 
{{by|19961997年}}にメジャーデビューを果たし、この年[[打率]].241・4[[本塁打]]・16[[打点]]を記録。[[ジミー・ウィリアムズ (1943年生の内野手)|ジミー・ウィリアムズ]]監督は[[ジョン・バレンティン]]を遊撃から二塁へコンバートさせ<ref name="library"/>、ガルシアパーラは{{by|1997年}}開幕を迎えた。遊撃手として153試合に出場。7月26日から8月29日にかけて30試合連続安打を達成し、[[ガイ・カートライト]]のリーグ新人記録を54年ぶりに更新し、球団史上[[トリス・スピーカー]]に次ぐ歴代2位となった<ref name="library"/>。1番打者としてのメジャー記録となる98打点を挙げ、30本塁打は遊撃手としての新人記録となった<ref name="library">{{cite web |url=http://www.baseballlibrary.com/ballplayers/player.php?name=Nomar_Garciaparra_1973|title=The Ballplayers Nomar Garciaparra |language=英語||work=BaseballLibrary.com |accessdate=2008年9月15日 }}</ref>。リーグ最多の209安打は[[ジョニー・ペスキー]]の球団新人記録を55年ぶりに更新し、365塁打は[[テッド・ウィリアムズ]]の球団新人記録を58年ぶりに更新した<ref name="library"/>。
 
守備での貢献も多く、地元では[[ジョニー・ペスキー]]の再来と評され<ref name="maj199708">「28 CLUB MONTHLY REPORT 28球団マンスリー・リポート ボストン・レッドソックス 暗い出来事が続く中で唯一の光明 新人王へバク進するガルシアパーラ」『[[月刊メジャー・リーグ]]』1997年8月号、[[ベースボールマガジン]]社、1997年、[[雑誌コード|雑誌]] 08625-8、79項</ref>、[[ルーキー・オブ・ザ・イヤー (MLB)|新人王]]を満票で受賞<ref>"[http://www.baseball-reference.com/awards/awards_1997.shtml Baseball Awards Voting for 1997]," ''Baseball-Reference.com''. 2008年1月25日閲覧。</ref>。{{by|1998年}}には打率.323・35本塁打・122打点とさらに成績を伸ばし、MVP投票では[[フアン・ゴンザレス]]に次ぐ2位に入った<ref>"[http://www.baseball-reference.com/awards/awards_1998.shtml Baseball Awards Voting for 1998]," ''Baseball-Reference.com''. 2008年1月25日閲覧。</ref>。
 
{{by|1999年}}は打率.357・27本塁打・104打点を記録し、[[首位打者 (MLB)|首位打者]]のタイトルを獲得。

{{by|2000年}}は打率.372を記録して2年連続で首位打者となり、20[[故意四球|敬遠]]もリーグ最多だった。この頃のガルシアパーラは、[[アレックス・ロドリゲス]]([[シアトル・マリナーズ|マリナーズ]]→[[テキサス・レンジャーズ|レンジャーズ]]→[[ニューヨーク・ヤンキース]])や[[デレク・ジーター]]([[ニューヨーク・ヤンキース|ヤンキース]])とともに、実力・若さ・容貌を兼ね備えたスター[[遊撃手]]として人気を集めた<ref name=misfortune>[[出野哲也]] 「ノマー・ガルシアパーラ[ドジャース]最も "不運" なスーパースター」 『[[スラッガー (雑誌)|月刊スラッガー]]』2007年7月号、[[日本スポーツ企画出版社]]、2007年、[[雑誌コード|雑誌]]15509-7、36-39頁。</ref>。
 
{{by|2001年}}は手首を痛めて開幕に間に合わず、7月29日にシーズン初出場。ガルシアパーラは「手術で100%完治するという保証はどこにもない」と、当初は患部をギプスで固定して自然治癒力に任せる方法で治そうとしたが、結局手術に踏み切った<ref name=2001comeback>[[鉄矢多美子]](聞き手) 「復活スペシャル・インタビュー/ノマー・ガルシアパーラ[レッドソックス]」 『[[月刊メジャー・リーグ]]』2001年9月号、[[ベースボール・マガジン社]]、2001年、雑誌08625-9、10-15頁。</ref>。その後、8月26日を最後に再び欠場し、この年は21試合出場にとどまった。翌{{by|2002年}}に打率.310・24本塁打・120打点・56[[二塁打]](遊撃手史上最多)を記録して復活を果たす。
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{{by|2004年}}、レッドソックスはガルシアパーラの後釜としてロドリゲスの獲得を狙った。ロドリゲスを[[マニー・ラミレス]]との[[トレード]]で獲得し、ガルシアパーラは[[マグリオ・オルドニェス]]とのトレードで[[シカゴ・ホワイトソックス]]へ放出する計画が水面下で進められた<ref name=nomartrade>[[三尾圭]] 「"宿命" を背負いし男 ノマー・ガルシアパーラ[カブス]」 『月刊スラッガー』2005年3月号、日本スポーツ企画出版社、2005年、雑誌15509-3、36-39頁。</ref>。ロドリゲスとラミレスのトレードが[[メジャーリーグ選手会|選手会]]の反対で頓挫し、この計画は実現しなかったが、シーズン前に右[[アキレス腱]]を痛めて開幕を[[故障者リスト]]で迎えたガルシアパーラは心身ともに傷ついた<ref name=nomartrade />。
 
6月9日に復帰したガルシアパーラだったが、守備での動きの悪さが目立った<ref name=misfortune />。守備のミスから不要な失点を重ね、[[自責点|非自責点]]の多さが7月末時点でリーグワーストになっていたレッドソックスは、守備の名手を獲得するためトレードを画策する<ref name=cowboyssox>[[江月康友]] 「カウボーイたちの逆襲―レッドソックス」 『月刊スラッガー』2004年11月号、日本スポーツ企画出版社、2004年、雑誌15509-11、42-43頁。</ref>。7月31日、ガルシアパーラは四角トレードで[[シカゴ・カブス]]に放出される
 
=== カブス時代 ===
2004年7月31日、ガルシアパーラは四角トレードで[[シカゴ・カブス]]へ移籍した。
[[ファイル:Nomar Garciaparra Chicago Cubs.jpg|250px|thumb|カブス時代のガルシアパーラ]]
トレード翌日の8月1日、ガルシアパーラはカブスの本拠地[[リグレー・フィールド]]での[[フィラデルフィア・フィリーズ|フィリーズ]]戦で新天地でのキャリアをスタートさせ、10月3日にシーズンが終了するまで43試合に出場。打率.297・4本塁打・20打点を記録した。
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{{by|2007年}}は、シーズン途中で若手の[[ジェームズ・ローニー (野球)|ジェームズ・ローニー]]に一塁のポジションを譲って自身は[[三塁手]]となり<ref>Ken Gurnick / MLB.com, "[http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20070625&content_id=2048807&vkey=news_mlb&fext=.jsp&c_id=mlb Notes: Nomar moving to third base Dodgers make room for rookie Loney at first]," ''The Official Site of Major League Baseball'', June 25, 2007. 2008年2月13日閲覧。</ref>、前年とほぼ同じ試合数に出場したが6本塁打しか放てず、チームも得点力が伸び悩んだ<ref>{{Cite book|和書|author=友成那智、村上雅則|year=2008|title=メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008|publisher=廣済堂出版|pages=447頁|id=ISBN 978-4-331-51300-2}}</ref>。
 
=== アスレチックス時代 ===
{{by|2009年}}3月6日、[[オークランド・アスレチックス]]と1年契約。同年、2度の故障者リスト入りを経験<ref>{{Cite web|author=Associated Press|authorlink=AP通信|date=June 12, 2009|url=http://sports.espn.go.com/mlb/recap?gameId=290612126|title=Lincecum dazzles as Giants shut down A's|work=[[ESPN|ESPN.com]]|language=英語 |accessdate=2009年3月12日 }}</ref>。65試合の出場で、本塁打数(3)は自己ワーストとなった。2004年にレッドソックス放出以降初となった7月6日のレッドソックス戦では、ボストンのファンから[[スタンディングオベーション]]で迎えられた<ref>{{Cite web|last=Urban|first=Mychael|date=July 6, 2009|url=http://oakland.athletics.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20090706&content_id=5730146&vkey=news_oak&fext=.jsp&c_id=oak|title=Nomar makes return to Fenway with A's|work=MLB.com|language=英語 |accessdate=2010年3月12日 }}</ref>。
 
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[[いとこ]]の[[アルトゥーロ・レデスマ]]はプロサッカー選手で、2007年からは[[メキシコ]]のプロサッカーリーグ "[[プリメーラ・ディビシオン (メキシコ)|プリメーラ・ディビシオン]]" の[[CDグアダラハラ]]で[[ディフェンダー (サッカー)|ディフェンダー]]としてプレイしている。
 
== 経歴 ==
=== 年度別打撃成績 ===
{|{{年度別打撃成績|リーグ=メジャーリーグベースボール}}
|-
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* 各年度の'''太字'''はリーグ最高
 
=== 獲得タイトル・表彰・記録 ===
* [[アメリカンリーグ]][[ルーキー・オブ・ザ・イヤー (MLB)|新人王]]:1997年
* [[首位打者 (MLB)|首位打者]] 2回:1999年(.357)、2000年(.372)
 
=== 表彰 ===
* [[アメリカンリーグ]][[ルーキー・オブ・ザ・イヤー (MLB)|新人王]]:1997年
* [[シルバースラッガー賞]] 1回:1997年
* [[カムバック賞 (MLB)|ナショナルリーグカムバック賞]] 1回:2006年
 
=== 記録 ===
* [[MLBオールスターゲーム]]選出 5回:[[1997年のMLBオールスターゲーム|1997年]]、[[1999年のMLBオールスターゲーム|1999年]]、[[2000年のMLBオールスターゲーム|2000年]]、[[2002年のMLBオールスターゲーム|2002年]]、[[2003年のMLBオールスターゲーム|2003年]]
 
=== 背番号 ===
* '''5''' (1996年 - 2004年途中)
* '''8''' (2004年途中 - 同年途中)
* '''5''' (2004年途中 - 2008年)
* '''1''' (2009年 - 同年途中)
* '''5''' (2009年途中 - 同年終了)
 
=== 代表歴 ===
* [[アトランタオリンピック野球アメリカ合衆国代表]]
 
== 脚注 ==
{{reflist|2}}
 
== 関連項目 ==
* [[メジャーリーグベースボールの選手一覧]]
 
== 外部リンク ==
{{Commonscat|Nomar Garciaparra}}
* {{MLBstats | mlb=114596 | espn=3545 | br=g/garcino01 | fangraphs=190 | cube=Nomar-Garciaparra |brm=garcia006ant }}
* {{Twitter|Nomar5|Nomar Garciaparra}}
 
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{{バルセロナオリンピック野球アメリカ合衆国代表}}
 
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{{DEFAULTSORT:かるしあはあら のまあ}}
[[Category:アメリカ合衆国の野球選手]]