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== 製作経緯 ==
東映は1973年の『[[仁義なき戦い]]』以降、東映は[[実録シリーズ|実録ヤクザ路線]]として[[抗争事件|各地の暴力団抗争]]をモデルとして映画を次々製作。[[広島県|広島]]、[[神戸市|神戸]]、[[大阪府|大阪]]、[[九州]]とやり尽くし、新たなネタと舞台を模索した<ref name = "最後の真実94">{{Cite book |和書 |title = 東映実録路線 最後の真実 |author = [[高田宏治]] |publisher = [[メディアックス]] |year = 2014 |pages = 94-95|id = ISBN 978-4-86201-487-0 }}</ref>。1975年、[[岡田茂 (東映)|岡田茂]]東映社長(当時)は、沖縄を舞台にした実録映画の製作を指示<ref name = "無法地帯">{{Cite book | 和書 | title = 無法地帯:東映実録やくざ映画 | author = 高橋賢 | publisher = [[太田出版]]| year = 2003 |pages = 235-236|id = ISBN 4872337549 }}</ref>。[[日下部五朗]]と[[笠原和夫 (脚本家)|笠原和夫]]とで沖縄に取材に行き『沖縄進撃作戦』というタイトルで脚本は完成したが、沖縄で東映の映画を独占的に配給していた宜保俊夫を登場させたことで岡田社長が蹴り頓挫した<ref name = "最後の真実94"/><ref name = "無法地帯"/><ref>{{Cite book | 和書 | title = 映画はやくざなり | author = [[笠原和夫 (脚本家)|笠原和夫]] | publisher = [[新潮社]]| year = 2003 |page = 87|id = ISBN 978-4104609017}}</ref>。半年後、再び企画が持ち上がったが、笠原は別の仕事に入っていて脚本は[[神波史男]]と[[高田宏治]]に交代し製作されたのが本作となる<ref name = "最後の真実94"/><ref name = "遊撃">{{Cite book | 和書 | title = 遊撃の美学 映画監督中島貞夫 | author = [[中島貞夫]] | publisher = [[ワイズ出版]] | page = 276-281 | year = 2004 | id = ISBN 4-89830-173-8 }}</ref>。神波は1971年に「[[博徒シリーズ]]」第9作で沖縄を舞台に『[[博徒外人部隊]]』を書いたことがあった。日下部と神波、高田は抗争の最中に現地に入り取材を敢行、当時の沖縄は一触即発のピリピリしたムードだった。脚本は前半が高田、後半は神波が担当した。このため前半と後半でタッチがかなり違う。
 
=== 撮影 ===
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