「1995年の日本シリーズ」の版間の差分

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1995年の日本シリーズは[[1995年のセ・リーグ]]を制した[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルトスワローズ]]([[野村克也]]監督)と1995年のパ・リーグを制した[[オリックス・バファローズ|オリックス・ブルーウェーブ]]([[仰木彬]]監督)の対決となり、ヤクルトが4勝1敗で勝利し2年ぶり3度目の日本一に輝いた。この顔合わせは[[1978年の日本シリーズ]]以来17年ぶり(オリックスは当時の前身・阪急ブレーブス)。なお、このシリーズは31年ぶりに全試合ナイターで開催された(以降毎年通例となる。尚これによりヤクルトは[[明治神宮野球場|神宮球場]]での開催にあたり[[東京六大学野球連盟|東京六大学野球]]との日程の調整をする必要がなくなった)。
 
このシリーズは「野村ID野球と仰木マジック」の対決と言われた<ref>{{cite web|url=http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_454.html|title=勝負を決めた野村メモ~日本シリーズ・頭脳戦の舞台裏~|accessdate=2016年3月5日}}</ref>。実際にシリーズ開幕前から両監督は、マスコミや監督会議を通して舌戦(心理戦)を展開し、対決ムードが大いに盛り上がった<ref>{{cite web|url=http://www.baseball-museum.or.jp/showcase/storage/museum/study_028.html|title=収蔵品紹介|publisher=[[野球体育博物館]]|accessdate=2016年3月5日}}このページは、両監督がともに1935年生まれということにも着目している。</ref>
 
ヤクルトのデータ分析、経験の多さも一枚上手で、ヤクルトの要である捕手の[[古田敦也]]は、高めのストレートを効果的に使って打球を詰まらせるという戦略で投手をリードし、当時「高め弱点」と言われたイチローを封じることに成功した<ref>{{cite web|url=http://www.jiji.com/jc/v2?id=7h_baseball_05|title=プロ野球2世代写真展 「日本シリーズ」|accessdate=2016年3月5日}}</ref>。
 
4勝1敗という結果だが、このシリーズは第2、3、4戦では3試合連続で延長戦にもつれ込んでいる。前述した古田・ヤクルト投手陣とイチローの勝負の他、[[池山隆寛]]のサヨナラホームラン本塁打、勝利こそ付かなかったが40歳開幕投手の佐藤・[[野田浩司]]・2年前のシリーズMVP[[川崎憲次郎]]らの好投、[[小林宏 (野球)|小林宏]]とオマリーの14球の名勝負、何度もピンチを救った[[馬場敏史]]の好守など、両軍とも日本シリーズにふさわしいプレーが続出し、緊迫した多くの見せ場を作った。
 
== 試合結果 ==
1,030

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