「コンスタンディノス・ミツォタキス」の版間の差分

m
パパンドレウは政治家を裁く特別裁判Eidiko Dikastirioでかろうじて無罪となった。パパンドレウは、善隣外交を展開するミツォタキスが[[マケドニア共和国]]、[[キプロス]]問題に関して弱腰すぎると批判し、党勢の回復を狙った。旧[[ユーゴスラビア]]のマケドニア共和国の名称を巡る問題に対し、国民は大きな関心を寄せ、1993年の選挙ではパパンドレウ率いるPASOKが勝利した。ミツォタキスは党首を辞任した。
 
2004年3月の選挙を機に彼は政界を引退した。息子の[[キリアコス・ミツォタキス|キリアコス]]は国会議員、娘の[[ドラ・バコヤンニ]]は[[アテネ]]市長として将来のND党首にも期待されている。現在ミツォタキスはクレタ島の考古遺産の保護に取り組んでいる。
 
==外部リンク==
44,727

回編集