「糜竺」の版間の差分

 
糜竺が徐州に所有していた広大な農場では、後世になると糜竺は神として祭られた。『太平寰宇記』巻22に引く『[[水経注]]』佚文によれば、{{Lang|zh|朐}}県にある鬱州島の島民は、全て糜竺が使っていた農奴の子孫である。同じく牛欄村という村は、元々は糜竺所有の荘園・牧場であったといわれる。これらの住民達の間では糜竺を「糜郎」と呼び祭っており、住民が新たに嫁を取る際は「必ず糜郎の神前で見せてからでなければならない、そうしなければ祟りをなす」とまでいわれているため、厳格にこの伝統を守っているという。
 
 
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[[Category:蜀漢の人物]]
[[Category:生年不明]]
[[Category:221年没]]
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