「ジョルジェット・ルブラン」の版間の差分

m
追加
m (追加)
'''ジョルジェット・ルブラン'''({{lang-fr|'''Georgette Leblanc'''}}, [[1875年]][[2月8日]] - [[1941年]][[10月27日]])は、[[フランス]]の[[ソプラノ|ソプラノ歌手]]、[[俳優|女優]]。[[小説家]]、[[モーリス・ルブラン]]の妹。
 
[[オペラ]]歌手として名を揚げ、とりわけ[[ジュール・マスネ]]の諸作品や[[ジョルジュ・ビゼー|ビゼー]]の《[[カルメン (オペラ)|カルメン]]》の解釈(「解釈」→「歌唱」。英語サイトの訳らしいが、interpreterはここでは「解釈者」というよりは「演奏家」)で知られた。[[ベルギー]][[象徴主義]]の[[劇作家]]で[[詩人]]の[[モーリス・メーテルランク]]とは長年にわたって愛人関係にあり、メーテルランクの[[戯曲]]のいくつかは彼女のために書かれている。メーテルランクの戯曲『アリアーヌと青髭』(1899年)と、それを原作とする[[ポール・デュカス]]の[[歌劇|抒情劇]]『[[アリアーヌと青ひげ|アリアーヌと青髭]]』(1907年)の両方においてヒロインを演じた。[[1924年]]の『[[人でなしの女]]』(''L'Inhumaine'')でも知られているように、映画俳優の先駆者でもあった。晩年は作家に転向して、商業的に成功した2つの[[自叙伝]]のほか、[[児童書]]や[[紀行文]]も手掛けたけた。ちなみにルブランは[[両性愛|両性愛者]]だったとされている。
 
ジョルジェットの文章から着想を得たものを、メーテルランクは自著(例として『貧者の宝』『限りなき幸福へ』。後者では、ジョルジェット宛の長い献辞でお茶を濁している)にしばしば使っていた。それが彼女自身の文学活動のキャリアの妨げになることを危惧し、何度か兄のモーリス・ルブランに手紙などで相談している。
134

回編集