「ソッピース」の版間の差分

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== 沿革 ==
ソッピース社は1912年6月、航空やヨットや自動車レースに関心の深いスポーツマンでありかつ裕福な紳士である[[{{仮リンク|トーマス・ソッピース|トーマス・オクターヴ・マードック・ソッピース]]en|Thomas Sopwith}}によって[[キングストン・アポン・テムズ]]で設立された。そのとき、ソッピースはわずか24歳だった。最初の工場は、使われなくなったアイスリンクを建屋として12月に開業した。初期の協同生産は1913年に[[ワイト島]]のイースト・カウズにあるS・E・サンダース造船所で行われ、[[ソッピース バットボート]][[飛行艇]]を生産した。同機はコンスータ([[:w:Consuta]])被覆を施した艇体を持ち、水上からも陸上からも運用することが出来た<ref>Flying Boats of the Solent, Norman Hull. ISBN 1-85794-161-6</ref>。1914年には[[ウールストン|ハンプシャー州ウールストン]]にも小さな工場がオープンした<ref>Flying Boats of the Solent, Norman Hull. ISBN 1-85794-161-6</ref>。
 
第一次世界大戦の間、同社は5,000人を雇用して16,000機以上の航空機を製造した。ソッピースス社の航空機の多くは下請け企業によって製造され、ソッピース社自身が製造したものより多かった。それらの企業には[[フェアリー (航空機メーカー)|フェアリー]]、[[クレイトン&シャトルワース]]、[[ウィリアム・ビアドモア]]、[[ラストン・プロクター]]などがある。