「マックス・デルブリュック」の版間の差分

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{{出典の明記|date=2011年10月}}
[[画像:Maxdelbrück.jpg|thumb|220px|マックス・デルブリュック]]
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{{Thumbnail:ノーベル賞受賞者|1969年|ノーベル生理学・医学賞|ウイルスの増殖機構と遺伝物質の役割に関する発見}}
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'''マックス・ルートヴィヒ・ヘニング・デルブリュック'''(Max Ludwig Henning Delbrück、[[1906年]][[9月4日]] - [[1981年]][[3月9日]])は[[アメリカ合衆国]]の[[生物物理学]]者。1969年度の[[ノーベル生理学・医学賞]]および[[ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞]]受賞者。スウェーデン、[[カロリンスカ研究所]]関係者。
スウェーデン、カロリンスカ研究所関係者。
 
== 生涯 ==
[[第二次世界大戦]]中、デルブリュックの兄(弟?)ユストゥス・デルブリュック、姉(妹?)エミー・ボンヘッファー、その夫クラウス・ボンヘッファー([[神学者]][[ディートリヒ・ボンヘッファー]]の兄(弟?))は[[ナチス]]に対する抵抗運動に参加し、クラウスとディートリヒはヒトラー政権末期に処刑された。
 
デルブリュック自身は大戦中もアメリカ合衆国に留まり、[[ナッシュビル]]の[[ヴァンダービルト大学]]で物理学を教えながら研究を続けた。1942年、彼は[[インディアナ大学]]の[[サルバドール・エドワード・ルリア]]とともに、細菌のウイルス抵抗性は適応の結果によるものではなく、[[突然変異]]によるものであることを示した。ルリア-デルブリュックの実験と呼ばれるこの研究によって、彼らは[[アルフレッド・ハーシー]]とともに1969年度のノーベル生理学・医学賞を受賞した。同年、[[サルバドール・エドワード・ルリア]]と共に[[コロンビア大学]]より[[ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞]]を受賞した。
 
1950年代より、彼は生物物理学の手法を使って感覚生理学の研究を始めた。また彼は[[ケルン大学]]に分子遺伝学の研究所を立ち上げた。
デルブリュックは、20世紀に流行った物理学から生物学へ転向する潮流の中で、最も人々に影響を与えた人物の一人である。物理学をベースとした生物学の考え方は、[[エルヴィン・シュレーディンガー]]の著書''What Is Life?''から影響を受けている。この本は[[フランシス・クリック]]、[[ジェームズ・ワトソン]]、[[モーリス・ウィルキンス]]にも大きな影響を与えた。1940年代に彼は、[[コールド・スプリング・ハーバー研究所]]にバクテリオファージ遺伝学の研究所を作った。デルブリュックの推進した「ファージ・グループ」は、初期の分子生物学の発展に大きな役割を果たした。
 
[[アメリカ物理学会]]によって「マックス・デルブリュック賞」が設けられている。
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/1969/delbruck-facts.html
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/1969/
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AD%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AB%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80
 
== 出典 ==
*[http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/1969/delbruck-facts.html Max Delbrück - Facts]
{{ノーベル生理学・医学賞受賞者 (1951年-1975年)}}
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