「カール・アクセル・マグヌス・リンドマン」の版間の差分

編集の要約なし
(de:Carl Axel Magnus Lindman18:02, 25. Okt. 2013‎の一部訳)
 
編集の要約なし
'''カール・アクセル・マグヌス・リンドマン'''(Carl Axel Magnus Lindman、[[1856年]][[4月6日]] - [[1928年]][[6月21日]])はスウェーデンの植物学者、植物画家である。1901年から1905年の間に刊行された『北欧の植物図』("''Bilder ur Nordens Flora''" )の著者である。
 
[[ハルムスタード]]で生まれた。幼い時に父親が死に、1864年に[[ベグショー]]に移った。1874年に[[ウプサラ大学]]に入学し、植物学と動物学を学んだ。1884年にウプサラ大学の准教授となった。1887年から[[スウェーデン自然史博物館]]の標本管理を行うRegnellian Amanuensisの仕事を始め、ベルギアンスカ植物園(Bergianska trädgården)の助手も務め、ラテン語学校(Högre Latinläroverket)の自然史と物理学の講師も務めた。1892年に、 ブラジル在住の医師、[[アンデシュ・フレドリク・レグネル]]が提供した研究奨学金を授与され、[[グスタフ・マルメ]](Gustaf Malme)と王室から資金を授与され、ともにブラジルとパラグアイへの探検調査を行った。帰国後、講師の職を再開し、1896年から1900年の間、皇太子の教師を務めた。この間、『北欧の植物図』の執筆を行った。1905年にスウェーデン自然史博物館の植物学の教授となり、1923年までその職を続けた。1913年にスウェーデン科学アカデミーの会員にえらばれた。
 
パイナップル科の属名、''{{sname||Lindmania}}に献名されている。