「DDTプロレスリング」の版間の差分

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== 歴史 ==
=== 1997年 - 2005年 ===
* [[1997年]]、[[武藤伸太郎]]が[[Pro Wrestling Crusaders|PWC]]を離脱した[[高木三四郎]]、[[MIKAMI|三上恭平]](現:MIKAMI)]]、[[NOSAWA論外|野沢一茂]](現:NOSAWA論外)]]を招き、ドラマチック・ドリーム・チーム(DDT)として設立。
* [[3月25日]]、[[日比谷ラジオシティ]]でプレ旗揚げ戦を行った開催。プレ旗揚げ戦においては「観客の過半数の支持が得られなかった場合、旗揚げは取りやめる」と宣言していた。全試合終了後、観客に意を問うたところ大部分の支持が得られ、正式な旗揚げとなった。
* [[5月14日]]、[[北沢タウンホール]]で旗揚げ戦が行われたを開催。この時、[[国際プロレスプロモーション|IWA格闘志塾]]より[[佐々木貴]]が移籍し4人で旗揚げとなった。
* [[8月7日]]、[[東京ドームシティアトラクションズ|後楽園ゆうえんち]]ルナパークにてビアガーデンプロレス「闘うビアガーデン」を開催。1996年にPWCが[[全日本女子プロレス]]と合同で開催したものを引き継いで行われた。この年は7月[[LLPW-X|LLPW]](現:LLPW-X)も同名のイベントを開いている。
* [[1999年]][[9月3日]]、ケーブルテレビ局「[[JCNシティテレビ中野|シティテレビ中野]](現:JCNシティテレビ中野)]]」での定期放送開始。この頃は当時[[NEO女子プロレス|ネオ・レディース]]社長だった[[篠泰樹]]が率いる「ネオDDT」との抗争を繰り広げる。
* [[12月22日]]、[[後楽園ホール]]初進出。「イチかバチか」と名付けられた団体の命運が懸かった興行であったが2,000人を動員し成功を収めた。
* [[2000年]][[4月19日]]、[[KO-D無差別級王座]]を設立。
* 6月、「有限会社ドラマチックドリームチーム」として法人化。武藤伸太郎が代表を退任し営業担当であった[[三和哲充|三和亮]](現:三和哲充)が社長に就任。[[木村浩一郎]]が現場監督となるに就任
* [[6月29日]]、[[アイアンマンヘビーメタル級王座]]を設立。
* [[8月24日]]、DDTタッグリーグ戦開幕。9月14日に優勝戦が行われ木村浩一郎&[[橋本友彦]]のタッグチーム[[スーパーレッスル]]」が優勝。
* [[2001年]]6月、[[CMLL]]認定[[KO-Dタッグ王座]]を設立。
* [[12月8日]]と9日、「スーパーギア・スタジアム in 福岡ドーム」の一環として[[福岡ドーム]]大会「レスリングとんこつ in 福岡ドーム」を開催。同所進出は[[新日本プロレス]]に次いで2団体目。
* [[2002年]][[6月7日]]、新日本プロレス[[日本武道館]]大会提供試合が組まれた。
* [[2003年]]、元[[WAR (プロレス)|WAR]]の[[一宮章一]]が社長に就任。三和は会長に就任。
* 8月、ららぽーと船橋大会に[[男色ディーノ]]が初登場。
* [[2004年]]4月、運営が「有限会社DDTプロレスリング」に変更。これに合わせて団体名も「DDTプロレスリング」に改称
* 10月、[[FIGHTING TV サムライ]]にて定期中継番組「[[DDTドラマティックファンタジア]]」放送開始。
* [[2005年]][[12月28日]]、一宮が引退して社長も辞任。
 
=== 2006年 ===
* [[1月29日]]、後楽園大会にてホールで社長職をかけて高木、三和兄弟(三和会長の三和と弟の[[三和太]])、[[泉州力]]、[[大鷲透]]、[[松野行秀|ゴージャス松野]]、[[すぎはら美里]]、[[子川直也]]、[[大家健]]、[[ヨシヒコ]]の10人でロイヤルランブルを行い、優勝した高木が4代目社長に就任した
* やがて[[大鷲透]]による[[DISASTER BOX]][[イタリア]]から来日したプロレスラー軍団[[イタリアンフォーホースメン]]など軍団抗争が活発化。
* [[新日本プロレス]]を退団したリングアナウンサーが[[田中ケロ|田中秀和]]リングアナが参戦。高木とのファンタジープロレス論で口論となり、[[長井満也]]、[[ポイズン澤田JULIE]]と同期である[[後藤達俊]]を引きつれ乱入。田中は澤田の呪文を無視する行動に出たため、澤田は呪文の修行で一時離脱。
* [[6月4日]]、後楽園ホールにてで高木&澤田・高木vs長井&後藤組。終盤に後藤を呪文で蛇手にかけることに成功し澤田が勝利を飾る。試合後には田中リングアナウンサーの田中も蛇手させることができた。
* [[11月23日]]、[[DDT EXTREME級選手権|DDT EXTREME級王座]]を設立。
* 年末には正規軍に活を入れるべく[[蝶野正洋]]スタイルに扮した高木、[[天山広吉]]スタイル(角をつけただけ)のKUDO、おまけの[[矢郷良明|矢郷さん]]と共に(後に[[アシュレイ・サウザー|アシュレイ"ノートン"サウザー]]が加入)ヒールユニット「[[チーム2サウザンアイランド]]」を結成。期間は短かったもののMIKAMIや[[HARASHIMA]]を奮起させた。しかしその後は蛇界、DISASTER BOX、イタリアンフォーホースメンなどのチームが次々と解散、活動休止、帰国となってしまう(後に蛇界は[[新・蛇界転生]]として復活)。
 
=== 2007年 ===
* 上半期、[[アントーニオ本多]]率いる[[ハワイアン軍団aWo]]が登場。[[大鷲透]]が一時的離脱。HARASHIMAがKO-D王者に君臨する。
* 関西の団体[[新宿FACE]]で[[DRAGON GATE]]との合同興行「[[DDG (プロレス興行)|DDG -Dramatic Dream Gate-]]」を[[新宿FACE]]で開催。
* 設立10周年記念興行大会では、これまで元DDT所属選手や関係のあった選手が登場し話題となった。
* 蛇界は話し合いと試合の結果、ベアー福蛇による「明るく楽しく激しい蛇界」を宣言し[[ロス・サルセロス・ハポネサス]]の衣装でドリアン澤田、マンゴー福蛇となった。
* 上記の他団体派遣で[[飯伏幸太]]らが参戦を果たし更には[[グローバル・レスリング連盟|GPWA]]への加入もあってか[[プロレスリング・ノア]]とのパイプも出来て(ちなみに高木とノアの[[仲田龍]]取締役とは以前から交流があった)、4月1日後楽園ホール大会で[[丸藤正道]]がノア所属選手として初めてDDTマットに立った。以降も飯伏がノアのシリーズにスポット参戦したり、[[マッスル坂井]]の対戦相手として[[森嶋猛]]が逆にDDT参戦を果たし、更には12月9日の[[新潟フェイズ]]サヨナラ興行には、ノアの[[三沢光晴]]が「超大物X」としてシークレット参戦([[鈴木鼓太郎]]とのタッグで高木&坂井組と対戦。ちなみに当初は坂井ではなく、偽沢光晴こと一宮が対戦する予定だったが、一宮が[[気胸|肺気胸]]のため参戦をキャンセルした)を果たした。
* 蛇界は仲間割れの末ポイズンは高木に策略で改造蛇人間ジャカイダーとなり、チビッ子の人気に。さらに長井満也がナガイダーとして再び参戦。
* 下半期、aWoのKooがHARASHIMAからKO-D王者を奪取。怪物なみのパワーで防衛記録を伸ばすも、リベンジに燃えるHARASHIMAが激戦の末再び君臨する。
* 往年DDTメンバー高木、MIKAMI、鳥羽、ポイズンによるDDTレジェンド軍を結成。試合に勝つとMIKAMIは好きな歌を熱唱するなどやりたい放題を繰り返す。また後藤達俊がゴトウダーして参戦。
* 抜群のチームワークを誇ったaWoが、まさかの[[ディック東郷]]の裏切り、大鷲晴也と結託したヒール軍団ユニット「[[メタル・ヴァンパイア]]」の誕生により解散に追い込まれた。
* ヌルヌルブラザーズはマイケルの暴走と低調な試合内容から相方松永が呆れ果て空中分解してしまう。
 
=== 2008年 ===
* ヌルヌルブラザーズ松永が晴れて正式入団。
* 情けない試合でブーイングを受けたマイケルは[[FIGHTING TV サムライ]]の生放送番組「[[Sアリーナ]]」にて生契約更改が行われたが、高木の逆鱗に触れ契約書は破かれ決裂となった。
* はぐれチームとなったaWoの本多とKooはメタル・ヴァンパイアに対し闘争心を燃やすが、レフェリー松井や裏切ったKooがメタルヴァンパイア入り。高木に助けられた本多は正規軍入りする。
* 矢郷、坂井、ディーノ、高梨は「ベルトハンター×ハンター」を結成する。
* 4月、高木が初の著書「俺たち文化系プロレスDDT」([[太田出版]])を出版。そのプロモーションとして東京・中井の伊野尾書店にて「本屋プロレス」を行う。(対戦カードは高木三四郎×[[飯伏幸太]])。
* [[9月7日]]、山梨県のキャンプ場「ネイチャーランド・オム」にて「キャンプ場プロレス」を初開催。
* [[12月28日]]、後楽園ホールで開催された「NEVER MIND 2008」において[[2009年]]8月23日[[両国国技館]]興行大会の開催が発表された。
 
=== 2009年 ===
* 運営会社が株式会社化。会社名は「株式会社DDTプロレスリング」。
* [[8月23日]]、両国国技館にて「[[両国ピーターパン 〜大人になんてなれないよ〜]]」が開催され、札止めとなる8,000人を越える観客が集まった。また同大会のEDで[[2010年]][[7月25日]]、再び両国国技館大会の開催が告知された。
* 両国大会で九冠戦を征した男色ディーノが高梨、ヨシヒコとともに「ベルトハンター×2」を結成(「再」ではない)、世界中にあるプロレスのベルト(の0.1%)を独占することを宣言する。
* [[9月13日]]から[[10月25日]]、団体初の若手選手によるリーグ戦「[[ヤングドラマ杯]]」が開催され、[[石井慧介]]が優勝。
* [[11月29日]]、後楽園大会においてホールで[[ユニオンプロレス]]の[[石川修司]]がKO-D王者の飯伏幸太を破り、傘下団体ながらKO-Dのベルトが初めてDDTから流出した。また、この日行われた[[監獄島]]とタイアップした経営権争奪バトルロイヤルで中澤マイケルが優勝、CEO最高経営責任者に就任した
 
=== 2010年 ===
* [[2月11日]]、後楽園大会ホールに突然ヤゴウ公国軍を名乗る2人組がDDT壊滅を掲げ参戦し、その後ヤゴウ・アズナブルがDDT契約権を勝ち取る。その一方でヤゴウ=矢郷さん疑惑が浮上し高木が契約に難色を示すが結局強引に契約させられる羽目になる。選手契約を結んだヤゴウは[[言論弾圧]]やそれに従わなかった[[週刊プロレス|マスコミ]]に対する制裁を行い、さらに[[星の屑作戦]]によるDDT選手と観客の虐殺を目論んだが犬のように捨てられたアブ=ノーマルことマイケルの逆襲によって阻止され、実質壊滅する。
* KO-Dタッグを獲った高木三四郎と[[澤宗紀]]の「変態大社長」タッグは混沌としたインディーマットを掻き乱し、ベルトの価値を高めるべくDDT外のリングや路上でオファーがあればどことでも防衛戦を行うことを宣言。その後DDTのスポンサーでもある宮地鉄工所の敷地内などで王座を防衛、以降、公園、商店街、駐車場、両国国技館全域といった路上を中心に防衛を重ねていく。
* [[3月14日]]、後楽園大会ホール[[大日本プロレス]]所属の[[関本大介]]が当時KO-D王者の石川修司に勝利。関本が新王者となり、KO-D王座が初めて他団体に流出した。その後関本は高木、高梨、飯伏らから王座防衛を果たし同日にKO-D王座いつでもどこでも挑戦権を獲得した大家健から譲り受ける形で再度挑戦した石川にも勝利し両国国技館にて開催された「[[両国ピーターパン2010 〜夏休み ああ夏休み 夏休み〜]]」に王者として登場する。それに対し挑戦者決定トーナメントを勝ち上がり、大会直前に新日本プロレス道場で[[真壁刀義]]と合同練習を行った[[HARASHIMA]]が挑戦。ベルト奪回に成功する。一方、両国国技館のメインイベントを逃した石川は大日本プロレスに報復攻撃を仕掛けるも、[[BJW認定デスマッチヘビー級王座|デスマッチヘビー級王者]][[伊東竜二]]の前に返り討ちに遭う。
* 両国大会後、高木が上位入賞者に特別興行出場権やKO-D挑戦権が与えられる人気投票「DDT48総選挙」の開催を発表。1月半にわたる選挙の末、男色ディーノが佐藤光留との接戦を制して1位となった。
* 最高経営責任者制からゼネラルマネージャー制への移行を宣言して[[中澤マイケル]]が最高経営責任者を解任するとともにゼネラルマネージャー決定戦を実施。その結果、マッスル坂井推薦の[[今林久弥|鶴見亜門]]がGMゼネラルマネジャーに就任した
* KO-Dタッグ戦線はビアガーデンプロレスに「超超大物X」として参戦した[[越中詩郎]]が男色ディーノとチーム「[[侍シロージロー]]」を結成、「[[変態大社長]]」タッグより王座奪取に成功する。
* [[11月14日]]、大阪府立第2体育館で行われたKO-D無差別級選手権で[[パンクラス|パンクラスMISSION]]所属の[[佐藤光留]]がHARASHIMAに勝利し形式上は他団体流出となるが、佐藤はDDTを主戦場としている<ref>DDT48総選挙結果発表時に「家はパンクラスですけれども、ホームリングはDDT」と発言している。</ref>ため流出という雰囲気にはならなかった。
* [[11月28日]]、後楽園ホールで行われたKO-D無差別級選手権で[[ディック東郷]]が佐藤光留を下して新王者になった第二回ヤングドラマ杯の決勝戦も行われ[[高尾蒼馬]]が優勝。またこの日を最後に高木三四郎が選手としての所属を[[ユニオンプロレス]]に移した。
* [[12月26日]]、ディック東郷の負傷欠場により、[[GENTARO]]([[プロレスリングFREEDOMS]])とアントーニオ本多との間でKO-D無差別級暫定王者決定戦が行われ、アントーニオ本多が暫定王者に。
 
=== 2011年 ===
* [[1月30日]]、後楽園ホール、ディック東郷対アントーニオ本多の王座統一戦が行われ、ディック東郷がKO-D無差別級第35代王者に。
* [[3月27日]]、後楽園ホール[[3月11日]]に発生した[[東北地方太平洋沖地震]]([[東日本大震災]])及び[[東京電力]]・[[福島第一原子力発電所]]での[[福島第一原子力発電所事故|事故]]による[[東日本大震災による電力危機|電力事情悪化]]を受け、通常使用する映像の代替として控え室でのやりとりをリング上で行うといった[[節電]]興行を実施。またメインではKO-D無差別級王座に飯伏幸太が挑戦。この年のFIGHTING TV サムライ「[[インディーのお仕事]]」制定[[日本インディー大賞]]ベスト興行賞・ベストバウトをダブル受賞。
* 大震災・原発事故を受け、入場料をすべて義援金とする「路上チャリティープロレス」シリーズを行い、前年も闘った宮地鉄工所などでチャリティー興行を行った。
* [[5月4日]]、後楽園ホールで行われたKO-D無差別級選手権で石川修司がディック東郷を破り、新王者に。
* 三度目の[[両国ピーターパン2011〜二度あることは三度ある〜|両国国技館大会]]を敢行。KUDOがKO-D無差別級となる。次回、[[日本武道館|武道館]]大会開催を発表。
* [[8月28日]]、[[TKG48]]に対抗するプロレス界アイドルユニットとして男色ディーノ、[[大石真翔]]、飯伏幸太によって「[[ほもいろクローバーZ]]」が結成、後にKUDOが新メンバーとして加入。
* [[11月27日]]、[[後楽園ホール]]にて[[ヤス・ウラノ]]、アントーニオ本多、[[火野裕士]]([[KAIENTAI DOJO]])、[[矢野啓太]]([[プロフェッショナルレスリング・ワラビー]])が「[[Crying Wolf]]」を結成。
 
=== 2012年 ===
* [[3月29日]]、「DDTドラマティックファンタジア」が打ち切り。4月以降同チャンネルでの放送は木曜26:00 - 28:00の再放送枠のみとなる。
* [[4月2日]]、[[ニコニコ動画]]に[[ニコニコチャンネル|公式チャンネル]]として「DDTプロレスアワー」を開設。隔週で所属レスラーが出演する[[ニコニコ生放送|ニコ生]]、並びに興行の中継番組が放送される。
* [[6月4日]]、会社内に[[女子プロレス]]事業部を設立し「[[東京女子プロレス]]」として旗揚げすることを発表<ref>{{Cite web|url=http://www.ddtpro.com/report/ddt/article/1338792824/|title=【会見】DDT内事業部に東京女子プロレス設立。代表は甲田氏|accessdate=2012-6-4}}</ref>。
* [[6月15日]]、[[マサ高梨]]自主興行を[[東部フレンドホール]]で開催。
* [[8月18日]]、初の[[日本武道館]]大会「[[武道館ピーターパン|武道館ピーターパン 〜DDTの15周年、ドーンと見せます超豪華4時間SP!〜]]」を開催。次回の両国国技館2day発表と共に20周年となる2017年の[[東京ドーム]]進出を宣言。
* [[8月26日]]、後楽園大会ホールゼネラルマネジャーの鶴見亜門GMから活動中の全ユニット解散が命じられる。
* [[9月18日]]、[[ポイズンJULIE澤田|ポイズン澤田]]が引退表明。
* [[9月19日]]、[[新木場大会1stRING]]を以ってそれまでのユニットが解散。
* [[9月30日]]、後楽園大会ホールより新ユニット活動開始。
* [[11月25日]]、後楽園大会においてポイズンホールで澤田引退。
 
=== 2013年 ===
* [[1月3日]]、後楽園大会にてホールで前年にユニオンプロレスが行った「全席2000円興行」(指定席は2500円)を開催。
* [[1月12日]]、[[KO-D6人タッグ王座]]を設立。
* [[1月27日]]、[[入江茂弘]]が[[プロレスリング・チームでら]]から移籍。
* 同月、佐々木大輔が所属選手に。佐藤光留はレギュラー契約を更新しなかったがユニオンにはフリーとして参戦する他、ハードヒットも継続。
* [[2月19日]]、「アップアップDDT(仮)〜[[アップアップガールズ(仮)]]vsほもいろクローバーZ、アイドルvsプロレス異種対バン戦Vol.1〜」を新宿FACEで開催。
* [[2月23日]]、後楽園大会ホールを最後に柿本大地が退団。ドロップキックの店長も[[木高イサミ]]と交代となる。
* 4月、サムライTVで月に一回のオンエアとなる「DDTのプロレスバンザイ\(^o^)/」と毎週水曜日テレ玉にて中継番組「[[DDTプロレス中継 さいたまースラム!]]」の放送開始<ref>[http://www.tokyo-sports.co.jp/prores/mens_prores/220425/ DDT「さいたまスーパーアリーナ進出」表明] - 東京スポーツ・2014年1月4日</ref>。
* [[4月13日]]、[[大阪府立体育会館|ボディーメーカーコロシアム]]第二競技場で松井レフェリー20周年興行を開催。
* [[5月11日]]、[[サッポロテイセンボウル|札幌テイセンホール]]にてワンマッチ興行を4本立てで開催。
* [[5月25日]]、団体初の[[名古屋国際会議場]]大会を開催。
* [[6月5日]]、「DDT×[[BiS]]異種対バン路上ライブプロレス」を[[浅草花やしき]]で開催。
* [[6月10日]]、[[オスカープロモーション]]と業務提携を結んだことを発表<ref>[http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/276159/ 「剛力プロレスデビュー」DDT高木社長が熱烈ラブコール] - 東京スポーツ・2014年6月11日</ref>。
* [[6月29日]]、後楽園ホール大会よりそれまでオープニングテーマとして使用されていた「INTO THE LIGHT」から、オリジナル曲の「Get Ready」に変更。
* [[7月6日]]、スポルティーバアリーナで開催される「[[高井憲吾|高井]]AID」に協力。
* [[7月20日]]、後楽園ホール大会で戦略発表会を行い4つのことを発表。
** 1つ目はDDT48総選挙からDDTドラマティック総選挙に名称変更をしてユニット総選挙も実施。
** 2つ目はPCとスマホでチケットを一切の手数料なしで購入できるペーパーレスチケットの「マルチデジタルチケット」の導入。また試験的にガンプロで導入するとのこと。
* [[7月12日]]、東成区民センターで松井幸則レフェリー主催興行を開催。
* [[7月15日]]、新木場1stRingにて[[酒場プロレス]]旗揚げ。
* [[7月19日]]、後楽園大会ホールより自由席を廃止。またこの大会を持ってMIKAMIがフリー転向のため退団。
* [[8月23日]]、両国国技館大会「両国ピーターパン2015〜DDTより愛をこめて〜」を開催。
* [[10月7日]]、同年10月4日に解散した[[ユニオンプロレス]]より、[[諸橋晴也]]、[[チェリー (プロレスラー)|チェリー]]、[[レディビアード]]の3名がDDT所属選手になる(諸橋、チェリーはDDT復帰)。
* [[11月3日]]、名古屋国際会議場大会を開催。これにより初めて同所で年2回開催となる。
=== 2016年 ===
* [[2月19日]]、事務所を現在地に移転<ref>[http://www.ddtpro.com/ddtpro/34658/ 事務所移転のお知らせ]</ref>。
* [[3月21日]]、両国国技館大会「[[Judgement2016〜DDT旗揚げ19周年記念大会〜]]」を開催。同所での大会としては初めて客席を全面開放。
* [[8月28日]]、両国国技館大会を開催予定。
* [[11月20日]]、海外初となる興行を台湾で開催予定。「[[ニトリ]]台湾」が同大会の冠スポンサーを務める。
 
=== 2017年 ===
* [[3月20日]]、旗揚げ20周年興行を[[さいたまスーパーアリーナ]]のメインアリーナで開催予定。
 
== 他団体との交流 ==
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