|
|
|退任日4 = [[1783年]][[4月3日]]
}}
'''ベンジャミン・フランクリン'''({{lang-en|Benjamin Franklin}}, [[ユリウス暦]]1705年1月6日([[グレゴリオ暦]][[1706年]][[1月17日]]<[[ユリウス暦]]1705年1月6日><ref>出生国の宗主国[[グレートブリテン王国|イギリス]]は[[イングランド国教会|新教]]国であり、グレゴリオ暦改暦は1752年に遅れたので、改暦前の事象であるフランクリンの出生はユリウス暦を先に併記する。ただし、改暦前のイギリスでは<b>年初が3月25日</b>であったため、1月生まれの場合、ユリウス暦年の数字はひとつ小さくなる(現代日本における「早生まれ児童の学校[[年度]]」と似ている)。</ref> - [[1790年]][[4月17日]])は、[[アメリカ合衆国]]の[[政治家]]、[[外交官]]、[[著述家]]、[[物理学者]]、[[気象学]]者。印刷業で成功を収めた後、政界に進出しアメリカ独立に多大な貢献をした。また、[[凧]]を用いた[[実験]]で、[[雷]]が[[電気]]であることを明らかにしたことでも知られている<ref name="Martinez">ただ、フランクリンが実際に凧の実験を行ったのかを疑問視する専門家もいる。なお、この実験を提案したのはフランクリンだが、初めて成功したのは1752年5月、フランスのトマ・ダリバード([[:en:Thomas-François Dalibard]])らである。ダリバードらはフランクリンの提案に従って、嵐の雲が通過するときに鉄の棒(避雷針)から火花を抽出した。フランクリンが凧を用いて同様の実験を行ったのは同年の6月、または6月から10月までの期間である。(アルベルト・マルチネス「科学神話の虚実」)</ref>。現在の[[アメリカ合衆国ドル|米100ドル]][[紙幣]]に肖像が描かれている他、ハーフダラー銀貨にも1963年まで彼の肖像が使われていた。
勤勉性、探究心の強さ、[[合理主義]]、社会活動への参加という18世紀における近代的人間像を象徴する人物。己を含めて権力の集中を嫌った人間性は、個人崇拝を敬遠するアメリカの国民性を超え、[[アメリカ合衆国建国の父]]の一人として讃えられる。『フランクリン自伝』はアメリカのロング・ベストセラーの一つである。
|