「ア・バオア・クー」の版間の差分

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当初ジオン軍では、Nフィールドへの地球連邦軍主力の攻撃を退けて優位に立っており、勝利の兆しが見えたとする余裕すらギレンには見られた。
 
しかし、戦闘の最中にキシリアはギレンに対し、「父殺しの罪<ref>ギレンは、作戦開始前に和平交渉のためレビル将軍との会見に赴いた父デギン公王を、ソーラ・レイの発射により、もろともに葬っている。</ref>」を犯したとして銃口を向けた。ギレンは真に受けず軽笑してあしらったが、0079年12月31日9時25分、ギレンキシリアによりされた。現場を目撃した司令室の[[士官]]たちは動揺し、重い空気が流れていたが、[[機動戦士ガンダムの登場人物 ジオン公国軍 (た行-わ行)#トワニング|トワニング]]准将による、「ギレン総帥は名誉の[[戦死]]をされた」という一言は、その場の沈黙を鎮め、キシリアに指揮権を引き継がせることになった。
 
しかし、ギレンの殺害からキシリアに指揮権が引き継がれるまでの間において命令が出なかったことから、ジオン軍要塞守備隊の指揮系統に混乱を招き、地球連邦軍の攻撃に対して一瞬の隙を作ることになってしまった。