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'''平川 敏夫'''(ひらかわ としお、[[1924年]][[10月16日]] - [[2006年]][[5月14日]])は、[[宝飯郡]][[小坂井町]](現在の[[豊川市]])出身の[[日本画家]]。[[創画会]]会員。
 
[[新制作協会]]展を中心に活躍。[[昭和49年]]創画会結成に参加。樹木を題材に生命力を表現した樹のシリーズを発表。中国旅行後は水墨画を追求した。
 
代表作に「白樹」「樹濤」などがある。[[1980年]]「樹木をテーマにした日本画新様式の確立」に対して[[中日文化賞]]受賞<ref>{{Cite web|url=http://www.chunichi.co.jp/info/award/culture/page04.html|title=中日文化賞:第31回-第40回受賞者|publisher=中日新聞|accessdate=2009-10-26}}</ref>。
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[[中村正義]]との出会いによって本格的に日本画の制作を始めるようになる。
 
[[1950年]]には正義の薦めで第3回[[創造美術]]展に出品し、以後、創造美術が[[新制作派協会]]と合併して[[新制作協会]]日本画部となった後も同展に出品を続ける。
 
初期の作風は素朴派を思わせる幻想的な表現で漁村や夜の庭園、水辺の景色などを描き、第18回新制作展では《月の庭》など庭四題が新作家賞を受賞。