「桶川ストーカー殺人事件」の版間の差分

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'''桶川ストーカー殺人事件'''(おけがわストーカーさつじんじけん)とは、女子大学生が元交際相手の男を中心とする犯人グループから嫌がらせ行為を受け続けた末、[[1999年]]([[平成]]11年)[[10月26日]]に[[埼玉県]][[桶川市]]の[[東日本旅客鉄道|JR東日本]][[高崎線]][[桶川駅]]前で殺害された事件。警察捜査上の名称は'''JR桶川駅西口女子大生路上殺人事件'''<ref name="kyotan42-43">鳥越・小林(2002)pp.42-43</ref>。'''桶川事件'''とも呼ばれる<ref name="asahi0302-1343" />。本件の発生が契機となり、2000年に「[[ストーカー行為等の規制等に関する法律|ストーカー規制法]]」が制定された。
 
[[写真週刊誌]]『[[FOCUS]]』および報道テレビ番組『[[ザ・スクープ]]』が行った調査報道により、所轄の[[埼玉県警察|埼玉県警]][[上尾警察署|上尾署]]が被害者と家族からの被害相談を極めてずさんに扱っていたことが明らかとなり、[[警察不祥事]]としても注目され、警察から3人の懲戒解雇者を含む1215人の処分者を出した。また一方では、被害者と遺族への[[報道被害]]が起こった事件として、報道のあり方についての参考例としても取り上げられる。
 
事件の発端をつくった被害者の交際相手は2000年1月に自殺、被害者殺害に直接的に関わった4人にはそれぞれ無期懲役から懲役15年の判決が下され、2006年に全員の刑が確定。また、本件に関わる別事案で起訴された元上尾署員の3人に執行猶予付きの有罪判決が下された。さらに被害者遺族は埼玉県(埼玉県警)を相手取り[[国家賠償請求訴訟]]を起こし、警察の捜査怠慢については賠償責任が認められたが、遺族が求めた捜査怠慢と殺害の関連認定については退ける判決が2006年に確定した。
犯行グループで最初に逮捕されたのは実行犯のCで、12月19日のことであった<ref name="kyotan233-234">鳥越・小林(2003)pp.233-234</ref>。さらに翌20日はB、D、Eがいずれも殺人容疑で逮捕<ref name="kyotan233-234" />、4人は翌2000年1月6日に起訴された<ref name="torigoe21-31" />。同16日には新たに8人が名誉毀損容疑で逮捕され、先に逮捕されていた4人も同容疑で再逮捕された<ref name="kyotan233-234" />。Aは同日に名誉毀損容疑で全国に指名手配された<ref name="torigoe21-31" />。
 
Bの弁護人によれば、逮捕されたBは事情聴取においてAが北海道にいると供述し、さらにAに「死に癖がある」ことや異常な人間性を繰り返し伝えていたが、捜査員は「死ぬ死ぬといって死んだためしはない。お前が弟を狂人にしているだけ」と取り合わなかったとされる<ref name="torigoe21-31">鳥越・取材班(2000)pp.21-31</ref>。そして2000年1月27日、Aは北海道の[[屈斜路湖]]において水死体となって発見され、警察により自殺と断定された<ref name="kyotan233-234" />。Aが残した2通の遺書(1通は実家へ郵送、1通は遺品のバッグから発見)には、いずれも被害者と家族、マスコミへの怨嗟の言葉が並べ立てられ、自身の冤罪を主張する一方で、自身の家族には事前に自らにかけていた生命保険金を老後資金として役立てて欲しい、との言葉が綴られていた<ref>鳥越・小林(2003)pp.128-132</ref>。Aの名誉毀損容疑については、2月23日に被疑者死亡のまま起訴猶予処分となり、Aが刑事責任を問われることはなくなった<ref name="shimizu303-306">清水(2004)pp.303-306</ref>。
 
== 報道 ==
『FOCUS』の記事に特に強く反応したのが報道番組『[[ザ・スクープ]]』でキャスターを務めていた[[鳥越俊太郎]]であった。鳥越は『FOCUS』各バックナンバーを読み、この事件の背景には警察組織の問題があると確信するに至る<ref name="torigoe27-37" />。この前年には、神奈川県警において押収品を使用した女性脅迫、警察官による痴漢や万引き、[[神奈川県警覚醒剤使用警官隠蔽事件|覚醒剤使用の警察官の組織的隠蔽]]、逮捕容疑者への暴行といった不祥事が続々と明らかになっており、さらに当年1月28日に発覚した[[新潟少女監禁事件]]でも新潟県警の不祥事が明るみに出るなど、警察のレベル低下が盛んに報道されていた<ref name="torigoe27-37" />。
 
鳥越は被害者の父親に対し、テレビ番組で事件を特集し、警察捜査について検証したい旨を記した手紙をしたため、また代理人弁護士には参考資料として自身の著書を送付し、父親への取り次ぎを要望した<ref>鳥越・取材班(2000)pp.47-49</ref>。そして3通目の手紙が送られたのち、著書を読んだ弁護士が父親に面会を勧め、2月22日に両者の面会が実現した<ref>鳥越・取材班(2000)p.62</ref>。2月28日にはAPF通信の[[山路徹]]が起草した、被害者への告訴取り下げ要請の有無、被害者からの度重なる被害申告と、それを受けての上尾署の捜査の有無など10箇条からなる質問書が埼玉県警に送付された<ref>鳥越・取材班(2000)pp.130-132</ref>。これに対し県警は「告訴取り下げ要請の事実はない」、「警察がそうした要請をすることはない」、「6月13日に3人が被害者宅を訪れた事案は、弁護士から解決済みとの連絡があった。ビラ散布の名誉毀損事案については捜査を進めている最中だった」と回答<ref name="torigoe160-171">鳥越・取材班(2000)pp.160-171</ref>。取材側がこの内容を被害者家族に確認すると「事実と違う」との答えであったことから、「取材した内容と回答に食い違いがあるが、どのように解釈すればよいか」と県警に再度質問書が送付された<ref name="torigoe160-171" />。番組放送日の3月4日昼には県警から番組スタッフルームに電話が入り、さらに午後9時に行われた電話でのやりとりでは、県警刑事部長が告訴取り下げ要請について「『告訴取り下げとは言われていないが、話の中で誤解を生じさせる発言があったので、そのように受け取った』と被害者家族が言っている」との主張を行い、その後さらに県警からの2回目の質問回答書が到着した。ここでは「告訴取り下げ要請の事実はない」という点は先の変わらなかったものの、6月13日の事案について「弁護士から解決済みとの連絡があった」との文言が削られるなどの改変があった<ref name="torigoe179-188">鳥越・取材班(2000)pp.179-188</ref>。
 
放送では被害者家族から取材した事件の経緯や、テレビ朝日が警察へ送付した質問書と回答内容についての検証などが行われた。番組の終盤に鳥越は「被害者が捜査中に殺されたならば重大なミスだし、捜査を怠って殺されたならばこれも重大なミス。どう転んでも上尾署の責任は免れない」などと論評を加え、警察庁に内部調査の実施を進言。さらに「一生懸命訴えているときに、これは男と女の事件だという思い込みで事に当たられることがどんなに危険かということをこの事件を通じて学ばなければならない」、「この事件は民事ではなく刑事事件だったということを申し上げておきたい」とし、向後の取材継続を宣言して番組を結んだ<ref name="torigoe189-210">鳥越・取材班(2000)pp.189-210</ref>。
[[#嫌がらせ行為の激化と警察の対応]]も参照のこと)。「捜査活動について」という項においては、上尾署員が被害者から調書をとり作成した告訴状について「告訴」という部分を「届出」などに改ざんしていたことや、証拠品の取り扱いについて虚偽の報告書を作成していたことが初めて報告され、「これらは虚偽公文書作成などの罪に当たる」と認めた<ref name="torige241-253" />。
 
同日、県警本部長が記者会見を開き、冒頭で「殺害は避けられた」として国民に向けて謝罪。「仮に名誉毀損事件の捜査が全うされていれば、このような結果は避けられた可能性もあると考えると、痛恨の極み」と述べた<ref name="torige241-253" />。さらに本部長は同日夕刻に被害者宅を訪れ、被害者家族に謝罪した<ref name="torige241-253" />。被害者の遺影に合掌したのち両親と向き合った際、本部長は落涙していたという<ref name="torige241-253" />。調書改ざんに関わった上尾署刑事二課長、刑事二課係長、課員の3人は[[懲戒免職]]処分となり、ほか県警本部長以下12人に減給、戒告の処分が下された<ref name="torige241-253" />。免職者を除く主な処分は次の通り<ref>『朝日新聞』夕刊、2000年4月6日付1面(第4版)</ref>。
*県警本部長 - 減給10%(1カ月)
*県警刑事部長 - 減給5%(1カ月)
殺人罪で起訴されたB(主犯)、C(殺害実行犯)、D(運転役)、E(見張り役)のうち、Bは一貫して事件への関与を否定し、Dは殺人ではなく[[傷害致死]]であると主張した<ref name="kyotan146-163">鳥越・小林(2003)pp.146-163</ref>。2001年7月から2002年3月にかけて、Cには懲役18年、D、Eにはそれぞれ懲役15年の判決が下されたが<ref name="kyotan233-234" />、Cは判決が下ってから、それまでの34にのぼる供述調書の内容を全て撤回したうえで、Dと同じく殺人ではなく傷害致死であると主張し[[控訴]]した<ref name="kyotan146-163" />。当初、殺意があったことを認めていたCは、供述を翻した理由として、具体的には[[ワイドショー]]でコメンテーターの[[テリー伊藤]]が「これはプロの殺し屋の仕事です」と述べていたのを見て「傷害の範囲でやることが暴走してしまい、結果的には殺してしまったというふうに言ったところで、結局誰も納得してはくれないだろう<ref name="kyotan146-163" />」と当時は考えていたからだとした。しかし2003年3月29日、Cは「思い残すことはない」として突然控訴を取り下げ、地裁判決を確定させた<ref name="kyotan146-163" />。6月11日の公判では、Bが拘置者の世話をする衛生夫([[川越少年刑務所]]の受刑者)を買収し、CとDに控訴を促す伝言をしていたことが明らかになっている<ref name="kyotan164-169">鳥越・小林(2003)pp.164-169</ref>。
 
ひとり事件への関与を否認したため分離公判となっていた<ref name="kyotan146-163" />Bについては、2003年12月25日、Bに対して検察の求刑通りの無期懲役の判決が下される<ref name="shimizu389-403">清水(2004)pp.389-403</ref>。[[埼玉さいたま地方裁判所|さいたま地裁]]はBがCに直接殺害の指示を出した主犯であると認定し、殺害に至る経緯についても、嫌がらせ行為(名誉毀損案件)と殺人を分離せず、嫌がらせが過激化した結果の一体的な事件であったと認定した<ref name="shimizu389-403" />。
 
Bは控訴し、一審では否認していた被害者への危害行為の共謀を認めた上で殺意を否認し、傷害致死の適用を求めたが、2005年12月20日、[[東京高等裁判所|東京高裁]]は地裁判決を支持し控訴を[[棄却]]した<ref>『朝日新聞縮刷版』2005年12月、p.1131</ref>。Bは即日[[上告]]したが、2006年9月5日、[[最高裁判所 (日本)|最高裁]]第2[[小法廷]]は上告を棄却し、無期懲役が確定した<ref>『朝日新聞縮刷版』2006年9月、p.363</ref>。
 
=== 元上尾署員に対する刑事訴訟 ===
被害者からの告訴改ざんのため懲戒免職となった3人の上尾署員は、虚偽有印公文書作成・同行使の罪で起訴され、刑事二課長と係長に懲役1年6カ月、課員に同1年2カ月、全員に執行猶予3年の判決が言い渡された<ref name="torigoe307-322">鳥越・取材班(2000)pp.307-322</ref>。埼玉さいたま地裁は量刑事情のなかで、「住民が警察を訪ねるのは警察に行けば何とかしてくれるという藁をも掴む思いがあるからである。その訴えに真摯に耳を傾け、事態に誠実迅速的確に対応してこそ警察である」と指摘した上で、まず二課長について次のように述べた<ref name="torigoe307-322" />。
{{Quotation|被告人が同事件を所管する刑事第二課長として率先して同事件に取り組み上司と相談して捜査態勢を組み部下らを指揮して犯人逮捕に迅速な捜査を行っていれば、おそらくは''(被害者)''殺害という事態は起こらなかったと思われるのであり、取り返しのつかない結果を招いた同被告人の職務懈怠は誠に遺憾というほかない。同被告人は''(被害者)''殺害事件発生後内外の厳しい非難にさらされたのであるが、これは当然の報いというべきである。その職責をはたさずかかる事態を招いた同被告人としては、自己保身に走らず、自己らに対する右非難を甘受し、このことによる将来あるであろう不利益処分も恬淡として受け入れる心境になるべきだったのである。しかし同被告人は姑息にも''(中略)''捜査書類の捏造改ざんを行い自己保身をしようとしたのであって、見苦しい限りである。}}
さらに係長については「''(刑事二課長)''とともに刑事二課捜査第一係の機能不全の原因を作っていた」などと同趣旨の指摘を行った。課員については「犯人の早期逮捕に向けて捜査態勢を組むよう進言したり、犯人割り出しのために被疑者不詳のまま''(A)''方を捜索することを提案するなど、被告人ら3人の中ではもっとも誠実に取り組んでいた」としたが、係長からの告訴状改ざんの指示を安易に受け、また実行したことを「警察官の基本的職務に違背した」と指摘した。最後に地裁は署員の一連の対応について「警察に対する県民あるいは国民の信頼を大きく傷つけ、警察組織の信用を地に落としたのである。国民の協力なくしては成り立たない警察の諸活動に今後深刻な悪影響が出てくることも懸念されるといわなければならない」と指弾したが、その一方で被告人全員に謝罪と悔悟の情が見られ、大々的に報道されたことで社会的制裁も受けたとして、量刑について「酌むべき事情も認められる」とした<ref name="torigoe307-322" />。
 
=== 国家賠償請求訴訟 ===
4,015

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