「京都市交通局広軌1形電車」の版間の差分

京都電気鉄道のほうでは開業時にシングルポールを採用し、電気は線路を通して[[変電所]]に返していたが、水道管の[[電食]]が問題になったため、上下電流を架線で送る方式になったとされている。
1912年6月の開業時にまず40両、そして同年中に55両、翌年に72両、1921年に2両を増備した。そのうち2両は[[京都市電気部貴賓車|貴賓車]]となっていたが、1923年に普通仕様へ改造した。また、どの時点で改造されたのか等は資料がなく不明だが、初期のオープンデッキ型から
運転台にガラス窓の付いた「ベスチュビ型」に改造されている。
 
新車の増備に伴い、1938年に長崎電気軌道へ[[長崎電気軌道80形電車|80形]]として5両、大連都市交通([[大連市電]])へ10両が譲渡され、1940年から段階的に廃車を開始する。同年中に14両、1946年に31両、1948年に42両、1949年に13両を廃車し、1952年に最後に残った33両を廃車して全廃となった。
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