「エア・コンディショナー」の版間の差分

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[[1820年]]、[[グレートブリテンおよびアイルランド連合王国|イギリス]]の科学者で[[発明]]家の[[マイケル・ファラデー]]は、圧縮により[[液化]]した[[アンモニア]]を蒸発できるようにすると、周囲の空気を冷却できることを発見した。[[1842年]]、フロリダの医師[[ジョン・ゴリー]]は圧縮技術を使って氷を作り、アパラチコーラの彼の病院でそれを使い、患者のために病室を冷やした<ref>[http://www.facstaff.bucknell.edu/mvigeant/therm_1/AC_final/bg.htm History of Air Conditioning] Source: Jones Jr., Malcolm. "Air Conditioning". ''Newsweek''. Winter 1997 v130 n24-A p42(2). Retrieved 1 January 2007.</ref>。彼はさらにその製氷機を使って建物全体の温度を調節しようと考えた。そして、都市全体の[[空気調和|空調]]を集中制御するという構想まで描いた。彼の試作品は常にうまく機能するわけではなかったが、ゴリーは製氷機の特許を1851年に取得した。しかし、彼の財政上の後援者が死に、その希望は潰えた。彼はその機械を本格的に開発する資金を集められなかった。ゴリーの伝記を書いたVivian M. Sherlockによれば、ゴリーは製氷で財を成したフレデリック・チューダー([[:en:Frederic Tudor|en]])が彼の発明を誹謗するキャンペーンを行ったと疑い、チューダーを非難した。ゴリーは貧困の中で[[1855年]]に亡くなり、その空調のアイディアは約50年間顧みられなかった。
 
[[空気調和]]の初期の商業利用は、個人の快適さのためではなく、工業生産過程で必要とされる冷気を生み出すのに使われた。最初の電気式エア・コンディショナーは[[1902年]]、[[ニューヨーク州]][[シラキュース (ニューヨーク州)|シラキュース]]の[[ウィリス・キャリア]]が[[発明]]した。印刷工場の製造工程を改善するために設計されており、[[温度]]だけでなく[[湿度]]も制御できるようになっていた。温度と湿度を低く保つことで、紙の状態が一定となり、インクの付き方が一定になる。その後もキャリアの技術は様々な仕事場の生産性向上に使われ、増大する需要に応えるために The Carrier Air Conditioning Company of America([[キヤリア (会社空調設備メーカー)|キヤリア]]社)を創設した。その後、エア・コンディショナーは住宅や[[自動車]]の快適さを向上させる手段として使われるようになっていった。アメリカでは[[1950年代]]に家庭用エア・コンディショナーが爆発的に売れるようになった。
 
[[1906年]]、[[ノースカロライナ州]][[シャーロット (ノースカロライナ州)|シャーロット]]のスチュアート・W・クラマーは、自身の経営する織物工場内に湿気を追加する方法を探していた。クラマーは同年出願した特許で初めて「エア・コンディショニング([[空気調和]])」という言葉を使った。これは、織物製造工程として当時よく行われていた "water conditioning" を真似て名付けたものだった。彼は加湿と換気を組み合わせて工場内の湿度を制御し、織物工場に最適な湿度を実現した。ウィリス・キャリアはこの用語を採用し、社名にも組み込んだ。水分を空気中に蒸発させるこの方式には冷却効果があり、現在では[[ミスト散布]]として知られている。
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