「明石電車区」の版間の差分

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=== 明石操車場 ===
超特急「燕」をはじめ、[[東京駅]] - [[神戸駅 (兵庫県)|神戸駅]]間の夜行急行など、神戸駅始発終着の優等列車を多く担当していたことから、[[国鉄オハ31系客車|オハ31系]]・[[国鉄スハ32系客車|スハ32系]]・[[国鉄オハ35系客車|オハ35系]]に属する、戦前の国鉄の客車を代表する各形式が配属されており、その中には[[二等展望車]]を筆頭に、[[寝台車 (鉄道)|寝台車]]・[[食堂車]]・[[二等車]]などが多く含まれていた。[[三等車]]も優等列車に充当されていたことから、早期にスハ32600形以降の20m車両が配属された。
 
=== 明石電車区 ===
* [[1969年]](昭和44年)[[8月]]:103系配属。9月1日から運行開始。
* [[1970年]](昭和45年)3月1日:網干派出所が独立し、網干電車区開設。明石電車区所属の113系は全車網干電車区へ転出。
* [[19751976年]](昭和5051年)[[2月26日]]:京阪神緩行線の旧型電車運行終了。明石電車区所属の旧型電車のうち、事業用車代用として残ったクモハ73形2両を除き転出または廃車<ref>残されたのはクモハ73084と73379の2両。牽引車代用及び電車区 - 西明石駅間の職員送迎用に使用。廃車は、73084が1981年5月25日付、73379が1980年2月15日付。</ref>。
* [[1983年]](昭和58年)[[6月]]:201系配属。
* [[1986年]](昭和61年)[[3月]]:高槻電車区所属の201系全編成が明石電車区に転入。京阪神緩行線で使用する全車両が明石電車区所属となる。