「ペレストロイカ」の版間の差分

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[[1987年]]の[[ロシア革命]]70周年記念の[[軍事パレード]]の際、[[ロシア語]]で「民主主義、平和、ペレストロイカ、加速({{lang|ru|Демократия, Мир, Перестройка, Ускорение}})」と書かれた大きな立て看板が[[グム百貨店|グム(国営百貨店)]]に立てかけられ、テレビ中継でアナウンサーが読み上げた<ref>[https://www.youtube.com/watch?v=LrKQbbYkY5k&t=17m40s Soviet October Revolution Parade, 1987 Парад 7 ноября]YouTube(17分40秒あたり)</ref>。以降、ソ連国内に広く浸透していった。
 
ゴルバチョフは、[[社会主義]]体制の枠内での改革を志向したが、物資の不足により高まる国民の不満を背景に、社会主義体制そのものの放棄と、連邦制の崩壊につながった。現在では、[[共産圏]]の民主化を進めるとともに[[冷戦]]を終結させた政策として、主に旧ソ連以外の各国で高く評価されている。
 
[[英語圏]]の国では「リストラクチャリング」({{Lang|en|restructuring}})や「リコンストラクション」({{Lang|en|reconstruction}})と訳され、1980年代後半の[[イギリス]]の[[マーガレット・サッチャー|サッチャー]]政権や[[アメリカ合衆国]]の[[ロナルド・レーガン|レーガン]]政権で行われた行財政改革・[[産業構造]]の転換政策あるいは[[民間企業]]の組織再編成などを指して使われた。これは、[[日本]]で[[1990年代]]後半頃から使用されている「[[リストラ]]」の語源となった単語である。
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