「城島城」の版間の差分

編集の要約なし
西牟田兄弟の武勇と城島城の堅固さは、九州に響いたという。
 
しかし翌天正14年([[1586年]])、今度は九州統一を目指す島津氏3万の軍勢が北上、城島城も猛攻撃を受けた。さしもの西牟田兄弟も勢はこれを防ぐことはきず戦ったがついに落城し、西牟田兄弟も夜陰にまぎれ肥前に逃れ落ちたという。ここに、400年続いた西牟田氏による西牟田支配は終焉することとなる。
 
その後天正15年([[1587年]])の[[九州国分]]で当城は[[立花宗茂]]の所領に入り、家臣・[[薦野増時]]が[[城代]]に任命されている。
154

回編集