「ダイワメジャー」の版間の差分

有馬出走の件のまとめ、ほか
(有馬出走の件のまとめ、ほか)
11月19日、あらためてマイルチャンピオンシップへ出走。当日は6頭のGI優勝馬が顔を揃えたなか、ダイワメジャーは単勝2.3倍の1番人気に推された。レースは前半600メートルが46秒0という速い流れを2番手で追走しながら、最終コーナーでは猛然とした勢いで先頭に立ち、ゴール前ではダンスインザムード(3番人気<ref name="yushun0701-2" />)に並ばれながらも前に出ることを許さず、同馬をクビ差退けて優勝<ref name="yushun0701" />。GI2連勝を遂げた。天皇賞(秋)とマイルチャンピオンシップの連勝は、1987年にこれを達成した[[ニッポーテイオー]]以来19年ぶり2頭目の例となった<ref name="yushun0701-2">『優駿』2007年1月号、pp.82-83</ref>。安藤は「本当に強い競馬だった。今日は特に行きっぷりが良かったし、ペースが速いのは分かっていたけど、無理に引っ張ることはしなかった。最後も後ろからダンスインザムードが来たとき、もう一度伸びてくれた。負ける気はしなかった。着差以上に強かったと思う<ref name="yushun0701" />」と称えた。
 
11月30日には年末のグランプリ競走・有馬記念への出走を発表。それまで1600~2000メートルを中心に出走してきたダイワメジャーに、同競走の2500メートルは長すぎるとの見方もあったが、上原は「こ、それまでのレースは必ずしも距離適性で番組んできたわけでない。喘鳴症が気になる馬の場合、距離は長いより短い方が不安は少なくなるから、そ影響最大限にえての選択だっ慮し。これはメジャーに限らず、喉に不安る馬なら一般論としていえること」血統的には問題がないし背景や皐月賞も厳しい流れで勝っている。喘鳴症の症状が出ていた日本ダービーも先行しながら6着に来ているし3歳秋のレースは喘鳴症が悪化していたので度外視できる。今年は宝塚記念(注:2200メートル)もそう差ない4着にきている走りから、私はみて距離について問題心配していない述べた<ref>『優駿』2007年1月号、pp.20-21</ref>。毎年12月に[[香港の競馬|香港]]で行われる[[香港国際競走]]が隆盛をみてから、日本国内でも1600~2000メートル路線の実績馬は有馬記念を避けそちらへ回る事例が増えているなかで、マイルチャンピオンシップ優勝馬が同年の有馬記念へ出走するのは11年ぶりのことであった<ref>『優駿』2007年1月号、pp.22-23</ref>。
 
有馬記念へは、ジャパンカップを制しGI6勝目を挙げていたディープインパクトに次ぐ、ファン投票2位で出走<ref name="yushun1101">『優駿』2011年1月号、p.37</ref>。当日の人気ではディープインパクトに加え、当年の皐月賞、日本ダービー、菊花賞、ジャパンカップをそれぞれ2、3、2、2着としていた[[ドリームパスポート]]に次ぐ3番人気となった。レースではアドマイヤメインの大逃げを2番手で追走、最終コーナーでこれをとらえ、先頭で最後の直線に入ったが、ディープインパクトにかわされ、さらに[[ポップロック (競走馬)|ポップロック]]にも差されての3着となった<ref name="yushun0908" />。
安藤は「内枠だったのでどこで馬を外に出そうか考えていた。最後はなかなかかわせないので焦ったが、一番得意な距離で勝てて良かった」と語った<ref name="yushun0708" />。また上原は「内枠を克服して、最後は本来の走りで勝ってくれた。この馬の頑張りには本当に頭が下がる」と述べ、ウィナーズサークルへ向かうダイワメジャーの後方で、涙を拭う姿もみせた<ref name="yushun0708-2">『優駿』2007年8月号、pp.46-49</ref>。
 
6月24日には春のグランプリ・宝塚記念に出走。創設48年目にして初めてフルゲートとなり、7頭のGI優勝馬が揃い競走史上最高のハイレベルと喧伝された<ref name="yushun0708-28">『優駿』2007年8月号、p.28</ref>なか、ダイワメジャーは7倍の5番人気となる<ref>『優駿』2007年8月号、p.68</ref>。しかし先行することができず中団からの競馬となり、そのまま伸びてくることもなく、アドマイヤムーンの12着と大敗した<ref name="yushun0908" />。上原によれば、このときのダイワメジャーは体調の問題を抱えていた。[[阪神競馬場]]の出張馬房に入る際、上原はできるだけ静かな場所に入れたいと「隣に他の馬が入らない場所」という希望を述べたところ、隅の馬房を勧められた。しかしそこは付近を通る電車の騒音や場内放送が鳴り響くなど非常に劣悪な環境であり、また競走前日には蒸し暑くなったこともありダイワメジャーは食欲をなくし、当日は516kてしまったのだという過去最低の馬体重にまで細化していた<ref name="yushun0708-3">『優駿』2007年8月号、p.34</ref>。当日の馬体重は516kgという過去最低の数字であった<ref name="yushun0708-3" />。安藤も「いつになく落ち着いていると良い方に解釈したが、どうもそうではなかったようだ」と振り返っている<ref name="yushun0708-3" />。
 
夏は社台ファームは休養に入ったが、当年8月15日に[[美浦トレーニングセンター]]で[[馬インフルエンザ]]の発生が確認<ref>『優駿』2007年10月号、p.56</ref>されたことから、ダイワメジャーの美浦への帰厩は1週間ほど遅れた<ref name="yushun0711">『優駿』2007年11月号、pp.20-23</ref>。しかしその後の調整に大きな影響はなく<ref name="yushun0711" />、前年と同じく毎日王冠より始動<ref name="yushun0712">『優駿』2007年12月号、pp.70-73</ref>。当日は出走中最高斤量の59kgを背負いながら、単勝オッズ1.8倍の1番人気に支持された<ref name="yushun0712" />。レースは1000メートル通過57秒5というハイペースを先行し<ref name="yushun0711" />早めに先頭に立ったが、後方から追い込んだチョウサンとアグネスアークに差されての3着となった<ref name="yushun0712" />。安藤は「ブライトトゥモロー''(5着馬<ref name="yushun0712" />)''に併せていくところまではよかったが、その外から来られた。あれではちょっと」と述べ、上原は「今年はちょっとペースが速かった。あと、外から一気に来られてしまったのも痛かった。(差し馬が)もっと近いところにいてくれたら、もうひと伸びできる馬なんですが」と悔いつつも、「本当は勝たないといけなかったが、先行勢に厳しい流れのなか、よく走ってくれた。最後は決め手の差で負けてしまったが、力のあるところは見せてくれたし、たたき台の前哨戦としてはまずまずの内容だった」などと先への期待を語った<ref name="yushun0712" />。
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