「パルジファル」の版間の差分

追記
(追記)
{{otheruses||ヨーロッパの国際列車|パルジファル (列車)}}
{{Portal クラシック音楽}}
'''舞台神聖祝典劇<ref>[[高木卓]]は Bühnenweihfestspiel を「舞台清祓祝典劇」と訳している。ISBN 978-4276355118</ref>'''『'''パルジファル'''』(''Bühnenweihfestspiel "Parsifal"'' )は、[[リヒャルト・ワーグナー]]が[[1865年]]、[[バイエルン国王]][[ルートヴィヒ2世 (バイエルン公)|ルートヴィヒ2世]]のために書いた[[オペラ]]([[楽劇]])。全3幕。原語ドイツ語。[[リブレット (音楽)|台本]]も作曲家自身による。[[中世]](10世紀ごろ)[[スペイン]]のモンサルヴァート城及びクリングゾルの魔の城を舞台とする。
 
初演は1882年7月26日、[[バイロイト祝祭劇場|バイロイト祝祭歌劇場]]。日本初演は1967年<ref>http://opera.tosei-showa-music.ac.jp/search/Record/PROD-01023</ref>。
『パルジファル』の台本は、[[ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ]]の叙事詩『パルツィヴァル』及び『ティトゥレル』に基づいている。『パルツィヴァル』は、歌劇『ローエングリン』でも原作として採られており、『ローエングリン』第3幕で、ローエングリンは、モンサルヴァート城の王パルツィヴァル(Parzival)の息子であると名乗る。パルジファルが白鳥を射落として引き立てられてくることと、ローエングリンが「白鳥の騎士」であることの関連は明らかであろう。ほかにも、各幕の構成や、『パルジファル』のクンドリが『ローエングリン』のエルザとオルトルートを合わせたような存在であることなど、二つの作品は関連が深い。
 
パルツィヴァルの名前の語源として、[[アラビア語]]のパルジ(Parse or Parseh : 清らか)+ファル(Fal : 愚か)であるとするヨーゼフ・ゲレス[[:en:Joseph Görres|(英語版)]]の説を取り入れて、ワーグナーは Parsifal に綴りを直したとされる。晩年、ワーグナーが親密に交際したジュディット・ゴーティエ[[:en:Judith Gautier|(英語版)]]は、この説誤りだと指摘したが、ワーグナーは「そうであっても構わない。」として訂正しなかったという。現在では、パルツィヴァルの語源として perce(貫く)+ val(谷)、すなわち「谷を駆け抜ける者」が有力である。
 
== 上演について ==
後にハルムート・ツェリンスキーは制作当時の彼の書簡や日記を丹念に分析し、この「救済者」とはキリスト(教)のことであり、救済とはキリスト教に加味された不純なユダヤ的要素を祓い清めることを意味していた、と結論づけた。
いずれにせよ、音楽、文学、神話、宗教、哲学、民族などについての幅広いワーグナーの思索活動が、広範で多層的な解釈を呼び起こしているのである。
 
== 注・出典 ==
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{{ワーグナーのオペラ}}
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