「カップヌードル」の版間の差分

 
=== 出発点 ===
元々は[[1966年]](昭和41年)に百福が[[チキンラーメン]]の日本国外進出を目指してアメリカ人バイヤ・[[ロサンゼルス]]のスパーマーケットに売り込んだもののアメリカには手近に[[箸]]や[[丼]]が無いことに気付かさらのる。そして、アメリカバイヤー砕い考え末にチキンラーメンを砕いて紙コップに入れ<ref>[http://www.dreammail.jp/magazine/seishun/20130113/ 世界ブランド“カップヌードル”(男の浪漫伝説 Vol.94) | ドリームメール]</ref>、これに熱湯を注いで[[フォーク (食器)|フォーク]]で食べていた事が[[ヒント]]になっているという。ラーメンが丼と箸という枷を逃れて日本国外進出するための戦略商品だった。なお当時の紙コップは[[蝋|ロウ]]を使った[[パラフィン紙]]を利用していたため、売り込みから戻った同社長はホテル内で試したが「紙コップ臭くて美味しく食べられなかった」と後に述べている。この事から後に『[[環境ホルモン]]報道問題』による影響から、他社のカップ麺容器が紙コップ製に置き換えられた時期でも、本製品のカップ素材は発泡スチロール製のまま長らく変更されなかった。
 
また、日本向け製品で用いられている[[アルミ箔]]と紙を貼り合わせた構造の密封性の高いフタは、安藤がアメリカから帰国する際の[[機内食]]で出された[[マカダミア|マカダミアナッツ]]の密封パックで使われていたものをヒントにしている。安藤はこのパックを開封したものに加え、未開封のものを別に1つもらって持ち帰り、容器の開発時の資料とした。その現物は今も日清食品で大切に保管されている。
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