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== 海流調査の歴史 ==
海中に一定の流れがあるということは古くから知られていた。8 - 11世紀に活躍した[[ヴァイキング]]たちは優秀な航海者であり当然大西洋東部の海流を利用したと思われる。しかし大洋の強大な海流が見出されたのは[[15世紀]]以降、大洋の航海が盛んになってからのことであり、海流に対する知識は[[航海術]]の発達と前後して拡大されていく。[[1497年]][[イタリア]]の船長[[ジョン・カボット]]は[[ラブラドル]]に行く途中[[ラブラドル海流]]を発見した。また同年[[ヴァスコ・ダ・ガマ]]は[[ポルトガル]]から[[喜望峰]]を回って[[モザンビーク海流]]に逆らって北上、翌年[[アフリカ]]東岸[[ザンベジ川|ザンベジ河口]]から南西[[季節風海流]]に乗って[[インド]]の[[カリカット([[コーリコード]]に到着したという記録が残っている。[[クリストファー・コロンブス|コロンブス]]の探検航海の[[水先案内人]]アラミノス (Antonio de Alaminos) は[[1513年]][[メキシコ湾]]で[[メキシコ湾流]]の存在に気づき、この大海流に乗ってヨーロッパへ渡る最適帆船航路を発見した。[[1595年]][[オランダ|オランダ人]][[ヤン・ホイフェン・ヴァン・リンスホーテン]] ([[:en:Jan Huyghen van Linschoten|Jan Huyghen van Linschoten]]) は水路誌を作成して大西洋における海流を詳説したが、これがその後100年余り航海者にとっての指針となった。[[1678年]]やはりオランダの[[キルヒナー]]は[[インド洋]]海洋図を刊行したが、その中には西向きの赤道海流および[[アガラス海流]]が明示されている。[[1688年]][[イギリス]]の[[天文学者]][[エドモンド・ハレー]]はインド洋の季節風と共に変化する表層海流を示した。また[[北赤道海流]]と[[南赤道海流]]の間に[[赤道反流]]が流れていることも明らかにした。しかし上記のようなヨーロッパ人による[[大航海時代]]の海洋探検の目的は、新しい航路や領土を発見して[[貿易]]および[[植民地]]を通しての利益を得ることが主であったため、海洋に対する科学的調査が行われたわけではなかった。海流の科学的調査が本格的に行われるようになったのは[[20世紀]]に入ってから、特に[[第2次大戦]]後である。今のところ世界中の海流の中で[[湾流]]と[[黒潮]]が最も詳しく研究されていると言えるが、いまだ海流研究において不明な点は残る。
 
=== 日本 ===
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