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2009年10月、[[韓国野球委員会|韓国]]の[[ハンファ・イーグルス]]の臨時インストラクターに就任し、翌年は同球団で総合コーチを務めた<ref>{{Cite web|date=2010-01-17|url=http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/01/17/24.html|title=侍ジャパン高代コーチ ハンファのコーチ就任|publisher=[[スポーツニッポン|Sponichi Annex]]|accessdate=2010-01-17}}</ref>。
 
{{By|2011年}}からは[[オリックス・バファローズ]]のヘッドコーチを務める。同年9月16日のロッテ戦からは走者の本塁憤死が多かったことから[[松山秀明]]から代わり三塁ベースコーチも務めた<ref>{{cite news|author = |url = http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/09/17/kiji/K20110917001638550.html|title = オリ三塁ベースコーチ交代 岡田監督「大きいミスが…」|newspaper = |publisher = |date=2011-09-17|accessdate=2013-03-09}}</ref>。シーズン最下位が確定した{{By|2012年}}9月25日、球団から監督の[[岡田彰布]]と共に休養(事実上の解任)を告げられ、同年シーズン終了を以って正式に退団。
 
{{by|2012年}}10月10日に、[[野球日本代表]]の内野守備・走塁コーチに就任したことが発表された<ref>[http://www.npb.or.jp/japan/news20121010b.html 侍ジャパン 監督、コーチ] NPB公式サイト (2012年10月10日) 2015年4月15日閲覧</ref>。11月13日に、背番号が「'''63'''」となった事が発表された<ref>[http://www.npb.or.jp/japan/news20121113.html 侍ジャパン 監督、コーチ背番号決定のお知らせ] NPB公式サイト (2012年11月13日) 2015年4月15日閲覧</ref>。
 
{{By|2014年}}からは、[[阪神タイガース]]で一軍内野守備・走塁コーチを担当<ref>[http://hanshintigers.jp/news/topics/info_3024.html 高代延博氏のコーチ就任について]阪神球団公式サイト2013年10月21日配信</ref>。オリックス時代に続いて三塁のベースコーチを任されているほか、{{By|2015年}}には一軍の作戦コーチを兼務した。広島のコーチ時代に指導した[[金本知憲]]が一軍監督へ就任した[[2016年]]からは、一軍ヘッドコーチとして金本を支えながら、金本の意向で引き続き三塁のベースコーチを務める予定<ref name=mimura>{{cite news|author = |url = http://www.daily.co.jp/tigers/2015/10/26/0008512460.shtml|title = 高代ヘッドコーチ 監督意向受け来季も三塁コーチ|newspaper =デイリースポーツ |publisher = |date=2015-10-26|accessdate=2015-10-28}}</ref>。
 
== コーチとして ==
前述のとおり、三塁ベースコーチとしての打球への判断がよく、{{By|2006年}}にはシーズン本塁憤死を1に留め[[中日ドラゴンズ|中日]]のリーグ優勝に貢献した。[[野村克也]]は高代を「日本一の三塁ベースコーチ」と語り、メディアでも「日本一の三塁ベースコーチ」と称されることがある<ref>{{cite news|author = |url = http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/117968/|title = 「日本一の三塁コーチ」の異名はダテじゃない|newspaper = [[東京スポーツ|東スポWeb]]|publisher = |date=2013-03-09|accessdate=2013-03-09}}</ref>。
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