「東急玉川線」の版間の差分

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天現寺線は、渋谷を出ると、[[山手線]]の内側、[[渋谷川]]に沿って南下し、中通(現在の[[明治通り (東京都)|明治通り]])上を走りながら天現寺橋に至る路線であった。中目黒線は、天現寺線の渋谷橋から西進し、下通(現在の[[東京都道416号古川橋二子玉川線|駒沢通り]])上を中目黒に至った。中目黒は、[[東急東横線]][[中目黒駅]]とは接続しておらず、現在の[[東京都道317号環状六号線|山手通り]]と駒沢通りの交差点(中目黒立体交差)手前にあった。
 
渋谷を発着する天現寺線は、玉川線が渋谷駅地平に発着していた[[1937年]](昭和12年)7月まで、線路敷設の主目的でもあった砂利輸送のため玉川線と線路がつながっていたが、同年玉電ビル建設により玉川線が玉電ビル2階に発着するようになって、玉川線と分離されている。
 
分断以降の天現寺線の渋谷駅は東横線渋谷駅前、東京高速鉄道(現在の[[東京地下鉄銀座線|東京メトロ銀座線]])ガード直下に置かれていた。のち[[1957年]](昭和32年)3月26日ハチ公口にあった都電青山線の渋谷駅前電停がこの隣接地に都電天現寺橋線共々移設してターミナルを形成。現在は東口[[都営バス|都バス]]乗り場となっている。また山手線のガード跡は長らく東急百貨店東横店西館と東館([[2013年]](平成25年)3月31日営業終了。解体中)を結ぶ連絡通路となっていた。