「ベネルクス」の版間の差分

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3か国の領域は、かつては[[ネーデルラント]](低地地方)と呼ばれていた。歴史的には[[中世]]末期にいずれも[[ブルゴーニュ公国]]の支配を受け、[[近世]]初頭にはともに[[ハプスブルク家]]領に入っていた。[[1814年]]から[[1830年]]の間には[[ウィーン会議]]の取り決めにより、現在の3国は[[ネーデルラント連合王国]]として統合した。現在のベネルクスの分立が定まったのはさらに下って、ルクセンブルク大公国がオランダ王国との[[同君連合]]を廃止した[[1890年]]のことである。
 
3か国の緊密な関係は、[[1921年]]に{{日本語版にない記事リンク|ベルギー・ルクセンブルク経済同盟|label=ベルギー・ルクセンブルク経済同盟|en|Belgium–Luxembourg_Economic_Union}}が締結されたのち、[[1948年]]に[[ベネルクス関税同盟]]が調印されたことにより始まる。[[1960年]]には関税に加え、労働力と資本を自由化した[[ベネルクス経済連合]]が発足し、[[欧州共同体]]の起源となった。
 
== 脚注 ==