「ユリア・ドルシッラ」の版間の差分

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紀元6年に執政官を務めたマルクス・アエミリウス・レピドゥスは、紀元33年に死亡しており、ドルシッラと結婚したのは同名で息子。
(https://en.wikipedia.org/wiki/Marcus_Aemilius_Lepidus_(executed_39))
m (紀元6年に執政官を務めたマルクス・アエミリウス・レピドゥスは、紀元33年に死亡しており、ドルシッラと結婚したのは同名で息子。)
父ゲルマニクスは2代皇帝[[ティベリウス]]の弟[[大ドルスス]]と[[小アントニア]]の息子で4代皇帝となる[[クラウディウス]]の兄に当たる。母大アグリッピナは初代皇帝[[アウグストゥス]]の娘[[ユリア (アウグストゥスの娘)|ユリア]]と[[マルクス・ウィプサニウス・アグリッパ]]の娘であった。ゲルマニクスはティベリウスの養子となっていたので、父からは養子関係によって、母からは直接、アウグストゥスに連なっていた。
 
[[16年]]に属州[[ゲルマニア]]の現在の[[コブレンツ]]近郊で生まれる。[[19年]]に父親[[ゲルマニクス]]を[[アンティオキア]]で亡くし、ドルシッラは他の兄弟や姉妹達と同様、母親[[大アグリッピナ]]と共にローマへ帰還。彼らの父方の祖母である[[小アントニア]]の傍で育っていった。紀元[[33年]]、ティベリウスの友人であるルキウス・カッシウス・ロンギヌスと結婚するが、[[37年]]に皇帝の地位を継いだカリグラによって離婚させられる。ルキウス・カッシウス・ロンギヌスは後にカリグラ暗殺を企てる首謀者の一人である。この時までにカリグラは、彼女だけでなく他の姉妹とも[[近親相姦]]を結んでいたと言われているが真相は定かではない。離婚後すぐに、[[アグリッパ]]と[[アウグストゥス]]の娘[[大ユリア]]との間に生まれた娘[[小ユリア]]の息子マルクス・アエミリウス・レピドゥス(紀元6年に執政官)の長男であるマルクス・アエミリウス・レピドゥスと2度目の結婚をしたドルシッラだったが、これは兄であるカリグラによる偽装結婚とも言われていた。因みにマルクス・アエミリウス・レピドゥスには妹のアエミリアがおり、彼女はドルシッラの兄である[[ドルスス・カエサル]]と結婚していた。
 
彼女は[[38年]]に、恐らく流行り病で死んだが、カリグラは妹の死をひどく悲しみ、彼女は[[女神]]であると宣言し、[[ウェヌス]]として彼女を神格化した。さらに1年後、カリグラはカエソニアとの間に生まれた一人娘に[[ユリア・ドルシッラ (カリグラの娘)|ユリア・ドルシッラ]]の名前をつけている。このカリグラの娘のユリア・ドルシッラは、カリグラが暗殺された際に母カエソニアと共に殺害されている。
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